小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

INDEX|16ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

 物を落とすなど滅多にない祖母のミスに首を傾げる航に、祖母が“なんでもないのよ”と笑顔を向け、調理を続ける。
「航」
「なに?」
 祖父の声に、航が正面に腰掛けている祖父を見る。
「……その……。なんだ……」
「なに?」
 言葉を濁す祖父。笑う航。
「いつまでも朝早くにっていうのも迷惑だろうから、荷物が自分で持てるんだったら……」
 聞いていた航の顔が曇っていく。
「そろそろ、飯島くんとは」
「なんで!?」
 祖父を睨みつける。
「他人にいつまでも迷惑を掛けるわけにはいかんだろう?」
「……迷惑って……」
「飯島くんのお母さんだって、彼の弁当を作る為に一時間早く起きているんだろ?」
 航が言葉をなくす。
「あと一週間で一学期も終わるんだから……」
「あと一週間くらい、一緒に行ったかてええやんか!」
「そのまま、夏休みも束縛するつもりか?」
「……束縛……なんか……」
「飯島くんだってやりたい事があるだろう? でも、お前が何か言えば、彼はきっとお前に付いてくる。……違うか?」
 慎太郎に“やりたい事”があるかどうかは分からない。でも、自分が言えば、間違いなく傍にいてくれるだろう……。
 航はズボンの膝を握り締めた。
「頼ってばかりいないで、自分でも努力を」
「してるっ!」
 そう、頼りっ放しなわけではない。
「早よ治したいんは、俺が一番や!」
 航が声を荒げる。
「ライブの所為でシンタロを巻き込んだんは自分やし、悪いと思てるから、一日でも早よ治して安心させたい! そやけど、そう思えば思うほど、この足、動かへん! ……今日、やっと動くようになったから、月曜日に見せて、少しでも安心させて……」
「……航……」
「シンタロが笑(わろ)てくれたら、きっと、すぐに治んねん。そしたら、今度は……今度やる時は、絶対に倒れたりせえへん」
 航の言葉に、黙って夕飯を作っていた祖母が振向いた。
「航ちゃん。“今度やる”って……?」
「ライブに決まって……」
「駄目だ!!」
 航の言葉を遮って、祖父が怒鳴った。
「なんでっ!?」
「また倒れたらどうする!」
「倒れへんもん! 絶対!!」
「“絶対”などない!!」
 初めて聞く祖父の大きな怒鳴り声。
「そう言って出て行って、病院へ運び込まれたのは、お前じゃないのか!?」
 祖父の言葉に祖母が頷いている。
「……でも……俺……シンタロと……」
「飯島くんに、また迷惑掛けるのか?」
「……迷惑、なんか……」
「彼がどう思ってるのかは分からん。しかし、ライブは駄目だ、絶対に!」
 祖父の強い視線に、航が手元の杖を手に取った。
「……航ちゃん……?」
「“絶対”なんて……シンタロは言わへん……」
 驚く祖父母を振り返る事なく、航は家を飛び出した。
 ――― 普段なら五分で着く“飯島家”。どのくらいの時間をかけたのかは分からないが、祖父達は追っては来なかった。片足が思うように動かず、杖を突いての全力疾走。追いかけてこない祖父達に安心するものの、逆に“追わなくてもいい”確信があったのかと勘ぐる。実は慎太郎と話が繋がっていて、その件に関しては、祖父達が言わなくても慎太郎も良い返事はしないのではないか……と。
「……そんな事、あらへん!」
 自分の思わぬ考えに、首を振って否定する。
 なぜなら、
「……祖父ちゃん……“飯島くん”って言うてた……」
 以前は名前で呼んでいた筈だ。苗字で呼ぶという事は、まだ、何処かにわだかまりがあって、慎太郎を許してはいないのだろう。だったら、祖父と慎太郎が口裏を合わせるような事はない。それに、ライブは慎太郎だって楽しかった筈だ。あれ以来、その話しはしていないが、自分の身体さえ良くなれば、きっと……。
 そう思いながら、最後の一段を上がりきった。
  

 今日は残業だと母から連絡が入ったのは夕方。あいにく料理を作る才能なんて持っていないので、仕方なく母待ちだ。
「……バイトでもするかな……」
 基本的にアルバイトは禁止であるが、そこは切り札の“母子家庭”を持ち出して……。
「育ち盛りだから、腹減る……」
 もう少し小遣いがあれば、その場しのぎの軽食程度なら買えるじゃないか! と慎太郎。
「う〜ん……」
 手持ち無沙汰にギターを抱えて考える。
「とりあえず……」
 とりあえず、来週末から夏休みだ。平日はなるべく航の傍にいてやりたいから、出来れば“土・日”のバイト。近辺だと、誰かに見られるのがイヤだから、ちょっと離れた所で……。
「でもな……。コンビニとかは、やだな……」
 直接的な接客業は避けたい。……慎太郎、結構わがままである。
「誰か相談できる人がいればいいんだけど……」
 と、石田の顔が思い浮かぶ……。
「……って、あいつじゃダメだな……。てか、あいつしか浮かばねーのが哀しい……」
 こういう時は、自分の“人見知り”と“非社交性”を恨んでしまう。ま、一人で悩んでいても仕方ないので、明日、コンビニにでも行って情報誌を手に入れよう! と、抱えていたギターを爪弾き始めた。……途端、玄関でチャイムが鳴った。
「残業、中止になったのかな?」
 首を傾げつつ玄関へと向かう。母なら、鍵を持っている筈だからチャイムを鳴らす必要はない。……でも、そそっかしい母だから、鍵を忘れたのかな?と、
「……あり得る……」
 一人頷き、ドアノブに手を掛けた。
「母さん、又、鍵忘れたのか?」
 呆れた声でドアを開ける。
「航!?」
 唇を噛締め、睨み上げるように立っている航がいた。
「何? どうした?」
 招き入れながら、今にも泣き出しそうな航に声を掛ける。
「確かめに……来た」
 部屋に来いと言う慎太郎に首を振り、玄関の内側で航が呟く。
「……シンタロ、やりたい事、ある?」
「なんだよ、行き成り」
 何の脈絡も分からないが、多分、ここへ来るまでの間、色々考えた結果の質問なのだろうと慎太郎は理解した。航は、思い詰めるとネガティブな方へ勘ぐる性質なのだ。
「ある?」
「ま、今んとこは、バイトやりてーかな……」
 慎太郎の顔を真っ直ぐに見る航。
「まだ決まってねーけど、とりあえず、人を相手にしなくていいような仕事で、週末だけ出ればいいってゆー、都合のいいバイトってねーかなー……って」
「なんで“週末だけ”? 平日も出ればいいやん」
 航の語尾が険を帯びる。
「って、平日は」
「俺の所為!?」
 詰め寄る航に言葉が返せない慎太郎。“所為”ではないにしろ全面否定は出来ない。航がどう思っているのかは分からないが、出来るだけ、傍についていようと決めたのは慎太郎自身なのだ。
「……俺、こんなんやから……」
「お前の“所為”とかじゃねーよ」
 そこで航の杖が一本しかない事に慎太郎は気が付いた。
「お前、杖、一本どうした?」
「……右足……動くようになった……。少しだけ……」
「マジ!?」
 “良かったな!!”と喜ぶ慎太郎。航は不機嫌なままだ。
「……カバン、自分で持てるから……、祖父ちゃんが、学校、一人で……行けって……」
「は?」
「シンタロに迷惑かけるから……」
「迷惑って……」
「ライブで倒れて、俺、シンタロ巻き込んでしもた……。“このまま、ずっと巻き込むつもりか”って……」