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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・パラレル-月光姫譚-

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Illusion4 孵化


 塔の中はこれと言って何もなく、外観はあんなにも頑丈そうで天を衝く勢いで伸びていたのに、中身は空っぽだった。
 塔の内壁には螺旋階段が天井に向かって走り、試行錯誤しながらも確実に進んで行くようだった。その螺旋階段の途中の壁には扉があるが、扉の先は外のはずで、塔の外観には扉はなかった。つまり、扉は別の場所に通じている。扉の奥には何があるのだろうか?
 何もなかった石造りのフロアの中心に人の全身を映せるほどの鏡が現れた。
 美しく磨かれた鏡の前にメイは立ったが、そこに映し出されたのは一匹の黒猫であった。
 メイの頭に稲妻が走り、メイはよろけながら地面に手をついた。
「やっぱり、僕はあの女性に会わなきゃいけないんだ。僕はそのためにここに来た。あの女性はきっと……」
 黒猫の姿が消え、新たに何人もの人影が映し出される。それを見たファントム・ローズは疾風のごとく地面を駆け、メイの身体を抱き上げて宙に舞った。
 激しく地面が砕け飛び、メイのいた場所にはリング状の金属がめり込んでいる。そのリングには棒が取り付けられており、その棒はしっかりと何者かに握られていた。
 地面に軽やかに着地したファントム・ローズはメイを地面に優しく下ろし、低く響く声で呟く。
「ミラーズか」
 水面を打つ波紋に鏡の表面が揺れ、その中から何人ものミラーズが飛び出してきた。
 今先ほどメイを撲殺しようとしたのもミラーズだ。
 真上から見ると、つばがひし形をした大きな帽子を被り、白とクールブラウンを基調とした質素なドレス姿を着て、首には鎖が巻き付けられている。手には銀色をした棒の先端に大きなリングが付いている杖のような物を持っている。そして、何よりも目を引いたのは、目の部分に包帯のようにグルグルと巻かれた布だった。
 この場に集結したミラーズの数は四人。目には顔に巻きつけられた布の下についた口は微笑んでいた。
 ミラーズたちの狙いはファントム・ローズだった。
 怖ろしいほどに白い仮面が笑って見えた。
 銀色の杖を構えたミラーズがいっせいにファントム・ローズに襲い掛かる。
 ファントム・ローズの右手が揺らめき一瞬消失したかと思うと、その手には一輪の薔薇が握られていた。
 薔薇の匂いを嗅いだファントム・ローズはそれを天に掲げた。すると、ファントム・ローズの周りを無数の薔薇の花びらが竜巻のように舞い上がり、美しくも荘厳な薔薇の花びらはミラーズに向かって降り注ぐ。それはまるで血の雨のようで、紅い花びらは刃となり牙となり、ミラーズの身体を容赦なく切り裂く。
 薔薇の匂いが強くなる。
 激しく舞い散る紅に彩られたミラーズは地面に倒れ、そこにファントム・ローズは空かさず四本の白薔薇をダーツのように投げつけた。
 薔薇の花を突き刺されたミラーズは口元を酷く苦痛に歪ませ、人の声とは思えぬほどの呻き声を張り上げた。すると、白かった薔薇の花が見る見るうちに紅く染まり、それと同時にミラーズの身体が枯れ木のように萎んでいき、衣服だけがその場に残され、その衣服さえも最期には砂になって舞い散った。
 ファントム・ローズはミラーズの居た場所に残された一輪の真っ赤に染まった薔薇の花を拾い上げ匂いを嗅ぎ言った。
「哀しい匂いがするな」
 風を切り、伸ばされたファント・ローズの手から鞭が放たれ、フロアの中心にあった鏡を叩き割った。
 鏡は悲痛な叫び声をあげ、舞い散る砂のように煌く破片は風に乗って滅びた。
 白い仮面がベレッタに向けられる。そこには銃を構えて立ち尽くすベレッタの姿があった。
「獣は殺せても、人型をしたものは怖くて殺せないか?」
「違うわよ、あんたに当たるといけないから撃たなかっただけよ」
「そうか……」
 呟いたファントム・ローズの表情は仮面に隠されて見ることができない。
 メイが叫び声をあげる。
「また鏡が!?」
 一つ二つ……と鏡が現れる。その鏡にはミラーズたちが映し出されていた。
 ファンム・ローズが螺旋階段を指差して叫ぶ。
「君たちは先を急ぐがいい、ここは私が引き受けた」
 先に動いたのはメイだった。そのあとをベレッタは慌てながらついて行った。
 螺旋階段を駆け上がるメイは途中にあった扉に目もくれず、ただ一心不乱に導かれるままに天を目指した。その後ろにはベレッタ、その遥か下からはファントム・ローズが取り逃がしたと思われるミラーズが螺旋階段を駆け回ってくる。
「メイ、扉に入って奴らから逃げましょうよ」
「扉の中にはあのひとの思い出が詰まってる。けど、僕がいかなきゃいけないのはそこじゃないんだ」
 怒鳴ったわけでも、大きな声を出したわけでもなかった。搾り出すような小さな声には重く想い感情が込められていた。それを聴いたベレッタは押し黙りメイのあとを追うことしかできなかった。
 天井の一部から漏れた月光が塔の内部に差し込む。出口はもう少しだ。
 月光の扉を潜ったそこは塔の屋上であった。
 霧を抜けた塔の屋上からは雄大な宇宙を展望することができ、星々が静かにひそひそと輝いている。
 蒼い風の吹き抜けるそこで、メイとベレッタは姫とナイト・メアと対峙した。
 壮大な宇宙は流れる星を地面に幾つも降らせ、風は壮絶なる詩を世界に運び、今ここが世界の中心となった。
 喪服を着た姫は哀しい表情をして顔を両手で覆った。
「どうしてここにきてしまったの……、この城は誰にも侵入されたくない場所だったのに、誰も入れないはずだったのに、それなのにきてしまったのね……」
 泣き崩れた姫は地面に手をついて、肩を大きく振るわせた。
 ナイト・メアは姫を守るようにして、メイとベレッタの前に立ちはだかった。
「なぜ、姫を悲しませるのだ。姫を悲しませる者などこの世界に必要はない」
 ホルスターから銃を抜いたベレッタがメイを押し退けてナイト・メアに怒りをぶつける。
「アタシの望みはこの手でおまえたちを殺すことよ」
 銃を持つベレッタの手は微かに震えていた。
 ナイト・メアがベレッタに一歩近づく。しかし、銃の引き金は引かれない。
 また一歩、ナイト・メアがベレッタに近づく。しかし、銃の引き金は引かれることなかった。
 白い仮面の奥から嘲りが聞こえる。
「撃たないのか? その銃で私を殺すのではないのか?」
「撃つわよ、それ以上近づいたら撃つわよ!」
 金切り声をあげるベレッタにナイト・メアが近づいた。しかし、銃は引き金を引かれることなく、銃口は地面に項垂れた。
 ナイト・メアの手が鋭い爪に変わり、叫びながらベレッタを襲う。
「それが貴様の紅かっ!」
 動かずにいる紅い衣装を纏った少女に爪が振り下ろされる。
 無我夢中で動いたメイはベレッタの身体を突き飛ばした。だが、爪はベレッタではなく、メイを襲うことになってしまった。
「うああっ!」
 悲鳴をあげたメイの腕から鮮血が噴出し、床を色鮮やかに彩る。
 血汐をベレッタの顔をも紅く染めた。
「メイーーーっ!」
 床に倒れるメイをベレッタが抱きかかえ、力強く銃を握り直した。
 天を稲光が翔け、雷鳴が世界に轟いた。
 ――煙をあげる銃口。
 ナイト・メアはちぎれた薔薇を胸に抱いてよろめいた。
「よくも、よくもやってくれたな!」