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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・パラレル-月光姫譚-

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 白い仮面は確かに狂気に歪み、荒々しい息を立てながら、鋭い爪をベレッタに向けようとした。
 再び銃口が連続して火を噴く。
 咲き誇る紅い薔薇。
 だが、ナイト・メアは動じずに爪を振り下ろそうとした。しかし、爪は振り下ろされることなく、白い仮面は宙を舞い飛ばされ、身体は地面に崩れ、萎んでいった。
「これが私の使命だ」
 そこに立っていたのはファントム・ローズだった。
 ナイト・メアの身体は消えてしまい、その場には紅い薔薇の花と白い仮面だけが残されていた。
 地面に残った白い仮面が宙に浮き、それに合わせるように身体が空間から滲み出すように現れた。それはナイト・メアのようであるが、少し違う。
「久しぶりだね、ファントム・ローズ。今回はボクの負けだ。だからこの娘の夢から出て行くとしよう。けれど、まだこの娘が目覚めるとは限らないよ」
 その声は明らかにナイト・メアとは違い、玲瓏たる少年の透き通った声だった。
 少年の声を持った仮面の使者の身体が空間に解けていく。それを見たファントム・ローズが手を伸ばして声をあげる。
「待て、ファントム・メア!」
「さよなら、ボクの愛しいローズ」
 高らかな少年の笑いが空間に消えていった。
 戦いの終えた静かな屋上では鳴き声が木霊していた。一つはうずくまる姫のもの。もう一つはメイの身体を支えながら抱くベレッタのものだった。
「メイ、しっかりしてよメイ」
「だいじょうぶ、血が出ただけだから」
 幼い少女の泣き顔をしたベレッタの声が震える。
「だって、こんなに血が流れて、メイの顔が蒼くなってく……」
「だいじょうぶだから、それよりも僕はあの人に話をしなきゃ」
 ゆっくりと立ち上がったメイは静かに泣いている姫のもとに向かった。
 姫は床にうずくまり肩を震わせ、小さな声で何かを言っていた。
「わたくしを守ってくれる人は誰もいない。もう駄目だわ、もう駄目なの……」
「顔を上げて」
 優しい言葉とともにメイは姫に手を差し伸べた。
 ゆっくりと顔を上げた姫。
「わたくしは誰も信じられない。わたくしが信じていたのはナイト・メアだけだった。あの人だけはわたくしを守ってくれたの」
「僕も守るよ、あなたのことを。だから、夢から目覚めて欲しいんだ、そのために僕はやってきた。僕にはわかる、この世界は夢なんだ」
「この世界が夢? そんなはずありません、わたくしにはこれが現実だったわかります。だからもう……」
 姫が突然立ち上がり、屋上の端に向かって走り出した。
 呆然と立ち尽くしてしまったメイの横を紅い影が擦り抜ける。
 塔の上から羽ばたこうとした姫の腕をベレッタが掴んだ。しかし、反動と重さに少女の腕は耐え切れず、二人は塔から落ちてしまった。
 煌びやかに水しぶきを上げた湖は二人を呑み込み、二人は深い深い水の底へと堕ちていった。
 湖は深紅に染まり、風が泣き叫びながら森を駆け抜け、森は木の葉を揺らしながらざわめいた。
 あまりのできごとにメイは言葉も出せず、床に膝をついて顔を両手で覆った。
「僕は……僕は……」
「君はここであきらめるのか?」
 メイが顔を上げると、そこにはファントム・ローズが立っていた。
「でも……」
「君があきらめないと言うのであれば、これを託そう」
 ファントム・ローズはどこからか宝石箱を取り出し、メイの顔の前に差し出した。
「これは?」
「数ある部屋の中から見つけて来た。そのせいでここに駆けつけるのが遅れてしまった。きっと、この中には大切なものが入っているのだろう」
「でも、今更開けたって、どうにもならないんじゃ?」
「この世界はまだ消滅していない。あの娘の想いは深い場所に沈んでしまっただけだ。それを呼び覚ますことができれば、おそらくは……」
 宝石箱を受け取ったメイが蓋に手をかけた時、ファントム・ローズが静かに言った。
「少女が目を覚ませば、君はこの世界から消えるかもしれない。それでもいいのかい?」
「僕は本来、もういないんだ。それなのにワガママを言ってここに来た。あのひとが目覚めてくれればそれでいいよ」
 宝石箱の蓋が開けられる。
 解き放たれた想いは世界を巡り巡りて世界を呼び覚ます。
 メイは何かに誘われるままに塔の淵へと足を運んだ。
 夜空には雲ひとつなく、星が歌い、月は燦然と輝き世界を照らし、紅い湖の色が透き通る蒼へと変わっていく。世界は変わろうとしていた。
 宝石箱の中から美しいメロディーが世界に広がり、その音の波紋は水面を揺らした。
 湖の底から泡が溢れ出てきて、それは七色に輝くシャボン玉のように、いくつもいくつも天に昇っていく。
 シャボン玉が静かに弾けると、その中からオーロラ色に輝く蝶が生まれ、美しい蝶たちは可憐に宙を舞い、シャボン玉から孵った蝶は世界の成長を暗示していた。
 湖の表面が金色に輝き、荘厳たる輝きとともに崇高さを兼ね備えた白い繭が水底から浮上してきた。
 蘇る想い、目覚める想い、大切な想い。
 繭に小さな皹が幾つも入り、それはやがて大きな皹となり、白い繭から眩い光が漏れ出す。
 清らかなる魂を守っていた繭が硝子のように砕け飛び、中から美しい一糸も纏わぬ少女が生まれ出た。
 少女の顔は姫にもベレッタにも似ていた。けれど、その顔は二人のどちらでもなく、どちらでもあった。その顔は姫とベレッタの歳の真ん中を取ったほどの少女であったのだ。
 繭から生まれでた少女の成長した姿が姫であり、少女の幼い姿がベレッタであった。そして、この夢を見る少女の姿でもあった。
 世界に一筋の光が差し込み、天から天使たちが星の船を運んで舞い降りてくる。
 少女を乗せた船は光の道を通って、空に開いた光の扉に吸い込まれていく。それに合わせて鐘の音が世界に響き、空に掛かっていた黒い幕が開ける。目覚めの朝が来ようとしていた。
 少女は夢幻を抜け、空には青空が広がり、鳥たちが天を舞いながら世界を称える詩を謳いはじめた。
 澄み渡った青空を塔の屋上から見つめるメイの表情は安堵感に包まれていた。その傍らにはすでにファントム・ローズの姿はない。ファントム・ローズはこの世界の住人ではないのだ。そして、メイも……。
 活気に満ち溢れはじめた世界は輝きを増しはじめ、やがて世界はミルク色に覆われた。もう、メイの姿も呑み込まれてしまった。少女が完全に目覚めたのだ。

 その日、眠り姫とあだ名されていた美しい少女が病院のベッドで目覚めた。
 目覚めた少女の両親は大喜びであったが、少女の気持ちは沈んでいた。
 ――メイは?
 少女のその言葉に両親は重たい表情をして、少女が眠りにつく前に可愛がっていた猫が死んだことを告げた。
 静かに少女は息をついて、自分の胸に手を当てた。メイはこの中で生きている。そう考えると、気持ちが安らかになった。
 病室から見える窓の外では木枯らしが舞い、紅い花びらが天に昇っていった。

 (完)