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千夜の夢

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2.計算と不機嫌



親友の冴はあまり感情を表に出すタイプではない。 “キレる”と言う言葉とは無縁の存在であり、極めて冷静だ。彼が動揺を露わにうろたえている所なんて、後にも先にもあり得なかった。あの時を除いては―。



会場へ戻る途中、何度か冴を振り返った。アイツは俺が振り返った事すらまるで気づく様子はなく、まっすぐに母の後姿を見つめていた。

―これは予想以上かもしれない・・・。

こっそりとそんな事を考えていた。冴にバレたら睨まれる。冴は普段冷静で落ち着いてはいるが、人に左右される事をひどく嫌う。誰かに行動を予測されたり、考えを言い当てられたりするのも嫌いだ。つまり、士は冴の嫌う所全てを彼に仕向けてしまったことになる。千笑と出逢うよう企て、そして冴が千笑に惹かれる事を予想していたし、それを冴も分かっている。今、冴の心中はいろんな意味で穏やかではないだろう。士の頭は冴の心の内を知りたくてたまらない好奇心でいっぱいだったが、そんな素振りでも見せたら捻くれ者の冴はすぐさま帰ってしまうかもしれない。
それは困る。
今夜は千笑に冴を紹介する為に、そして冴に恋に落ちてもらう為に来た。きっと10分も話せば千笑は冴の事を気に入るに違いない。まずは、息子の親友として―。16歳で上條家に嫁いで来た千笑に、恋愛経験などあるはずも無く、すぐに恋に落ちろというほうが無理な話だ。千笑は今年で30歳だ。恋愛経験皆無な30女がこの世に存在するかって、ここに見事にご健在だ。そんな事実、俺だって悲しい。父と母との関係性についても色々とあるのだが、それはまたの機会にしよう。とにかく、2人を出逢わせる事まではクリアした。問題はここからだ。どうしてくれよう。黙って後ろをついてくる、この“不機嫌な親友”を。会場へ入ると、まだ主賓の挨拶が続いていた。イヤホンを伝ってマイクの音声は士の耳へも届いていたので分かってはいたが、―本当に話の長い人だ・・・。司会進行は他の者に任せていたので、士は2人を連れて弟のいる控え室まで戻ることにした。部屋に入ると物音で弟の率が目を覚ました。士はすぐに駆け寄り弟を抱き上げる。

「率、オハヨ♪」

兄につられるように率も笑顔になる。率は不思議なほど寝起きが良かった。そして、士はこの弟にはベタ甘だ。そんな士の姿を珍しげに冴が見ている。冴の視線に気づき士は少々バツが悪そうに言う。

「・・・なんだよ。言いたい事があるなら言え」

「別に・・・」

冴の顔を見るに“別に”って事は無い。目がニヤついている。

―まぁいいか。

「紹介が遅れてごめんね、こっちは冴。で、こっちは千笑ちゃんです」

「初めまして」

千笑が深々とお辞儀をする。“千笑ちゃん”と紹介されたことについて何も疑問は持ってないといった笑顔で。冴も慌てて頭を垂れる。

「宮元・・・冴、です。ども・・・」

一見愛想が無い挨拶に聞こえるが、これが冴の精一杯だ。

「素敵な名前ですね、冴さん」

屈託のない笑みでにっこりと言う。

冴が驚いて口ごもる。どうやら名前を褒められたことが意外だったようだ。

「冴んトコは5人キョウダイなんだけど、みんな素敵な名前だよ。一家全員漢字一字でね」

「そうなんですか?!そういうの素敵です!皆さんの名前はなんて?」

千笑が嬉しそうに身を乗り出す。変なところに食いつく人だな、と言う驚きが冴に広がっていく。

「あぁ、・・・一番上の姉が翼、兄が遥、弟が響、妹が映」

淡々と冴が答える。その間もどこか上の空だ。そこでふと、主賓の話が終わり、拍手が士の耳に飛び込む。

「ごめん、行かないと。次は俺だ」

耳に左手を沿えちらりと冴の方を伺う。・・・もちろん、このタイミングで退室するのは士の思案のうちだ。全て完璧に計算しつくされいる。士の口の端がにわかに上がるのを、冴が見逃すはずも無く、彼の睨みが士を仕留める。

―ぉ、冴の眼が殺し屋のそれに・・・早く部屋を出た方が良さそうだ。

「千笑ちゃん、冴が話し相手してくれるからここでも退屈しないよね?」

にっこりと笑って士はドアを開ける。

「?!」

「ハイ、全然!話し相手がいて下さると私も嬉しいです」

―母が天然なのは時にありがたいなぁ。

そんな事を思いながら士はドアを閉めてホールへ向かった。



親離れをする、と言うよりも、娘を嫁に出す気分。そんなだったよ。




作品名:千夜の夢 作家名:映児