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正義と正義と正義

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 ミツバチは巣を離れて蜜を探しに行く時、自分の通った道のりの風景を記憶していくという。その記憶は帰り道に活用され、ミツバチは迷わず巣へと戻る事ができる。ミツバチが出かけて行った後に、もし人間が木の伐採をしたり、生えていた植物を根こそぎ無くしてしまったりすると、出かけていたミツバチは道が分からなくなってしまい、巣へと戻れなくなってしまう。
 彼女の場合、幸いにしてそういう事は無かった。
 針を失ったミツバチが蛇行の激しい小川の上を通り、アナグマが暮らしている木の虚の側を行き、けもの道すら無い雑木林の中を飛んでいる。
 彼女にとって全てに鮮烈な記憶がある。川辺の葉っぱに溜まった朝露は、よく集めに行ったものだ。野原と住みかを行ったり来たりしているアナグマが、体に付着した種を運んで周囲に花を咲かせたのはここ最近。彼女が蜜を集めに行くたびに通った雑木林は、彼女にとって庭のようなものだ。
 雑木林の中を飛び続けた彼女は、やがて愛すべき我が家を見つける。しかし喉はカラカラで羽はもたつき、目も霞んできた。
 彼女は少し休もうと近くの葉の上に止まった。そこからは、彼女の家が良く見えた。後もう少しで巣に帰れる。そして冥土の土産に姉妹の顔を見てこよう。
 彼女は、少し休めばまた飛べるだろう、と思っていた。だが予想は外れた。羽ばたこうとして、この羽に自分を浮かせる力がもう残っていない事を悟った。彼女の命は我が家を目の前にして、葉っぱの上で尽きようとしていた。
 でも、不思議と悪い気はしない。
 彼女は巣の全景を眺めた。何カ月にも渡って増築された巣は、木の割れ目から正六角形がいくつも連なった板をのぞかせている。その奥には同じような物が何層も重なっている事を、今日の午前まであそこで働いていた彼女は知っている。
 巣から彼女と同じ働き蜂が、引っ切り無しに出入りをして忙しそうに働いている。衛兵蜂が巣の周りを巡回し、敵がいないか目を光らせていた。
 彼女は、巣がいつもと変わらない姿である事を喜んだ。巣はこれまでと同じであり続けるだろうと思った。
 自然に顔がほころんだ。すとん、と自然に目が閉じた。どこまでもどこまで続く暗闇は、優しく彼女を出迎えている。
 遠くなっていく意識の中、彼女はふと虫の羽音を聞いた。聞き覚えのある羽音だった。永遠の眠りにつこうとしていた彼女を無理やり目覚めさせる程に、重苦しく、不吉で、危険な羽音だった。
 無理やり霞む目を開けた。
 音の正体が彼女の目の前を横切った。それはまっすぐ、彼女の家へと向かっていた。彼女は仲間にそれを伝えるために羽ばたこうとした。しかし優しかった暗闇は急に粘り、体の動きの邪魔をする。空転する思考の中、彼女は自分の無力さをかみしめる。同時に意識が失せた。

 葉の上に止まっていたミツバチが、力を失ってぽとりと地面に落ちた。
 三匹のオオスズメバチはそれに気がつかなかった。そこらにある葉っぱよりも、目の前にあるミツバチの巣の方が彼女達にとって何よりも重要だったからだ。
 彼女達の巣は、今、食糧難に陥っていた。巣は順調に拡大し、沢山の幼虫も生まれ繁栄を極めているのだが、巣の周囲に獲物となる虫が少なくなってしまった。だから働き蜂のハンター達は、遠出をして獲物を探して来なければならなかった。
 その甲斐はあった。彼女達はミツバチの巣を見つける事ができた。
 ミツバチの巣を襲い、制圧すれば、しばらく巣の運営に頭を悩ませずに済む。それだけの食糧が、ミツバチの巣にはあった。ミツバチ達が溜めこんでいる花粉団子、花の蜜、そして幼虫、ローヤルゼリー。どれもオオスズメバチにとっては、喉から手が出るほどに欲しいものだ。
 しかも、
「これは幸運だ。奴ら、ミツバチではあるが、その中でも獲物にぴったりなセイヨウの奴らではないか」
「奴らは我らに対抗する術を持たない」
「他のオオスズメバチに横取りされない内に、女王へ知らせなくては」
 彼女達はミツバチの巣の周りを飛んだ。太陽の角度を観察し、巣の位置を正確に記憶するためだ。それが終われば、後は巣に返って仲間を呼び、襲う手筈となる。
 オオスズメバチにとって、ミツバチは同族ではない。単なる獲物に過ぎない。ミツバチの巣を襲う事に、オオスズメバチは何の痛みも感じない。

 巣の周りをパトロールしていたセイヨウミツバチの衛兵蜂は、巣の周囲を不審な虫が飛んでいる事に気がついた。その虫は自分たちよりも大きくて、重苦しい羽音を響かせている。腹の色は黄色と黒の二色だ。衛兵蜂は、そこである虫を連想して身震いした。時に人間をも殺す、獰猛なハンター。同じ蜂なのにも関わらず、ミツバチやジバチなど、他の蜂の巣を襲い、溜めた食料や育てている幼虫を根こそぎ奪っていく野蛮な虫。
(お、オオスズメバチだ!)
 衛兵蜂はやっと、目の前にいる虫が自分達の天敵である事に気がついた。すぐさま警告を仲間に送る。
「オオスズメバチの斥候だ! オオスズメバチの斥候だ!」
 当直で巣の周りを飛んでいた衛兵蜂は、それを聞いてすぐさま声のする方に向かって飛んでいった。オオスズメバチはすぐに見つかった。黄色と黒の縞模様は、どこにいても目立つからだ。
 一匹のオオスズメバチに数匹のミツバチがぶつかっていく。
 真っ先に向かって行ったミツバチは、出会いがしらに胴を刺された。毒を注ぎこまれ体内の筋肉を溶かされる。今にも消え入りそうな意識の中、そのミツバチは足に力を込める。オオスズメバチの腹に抱きつき、針を封じる。それっ、とばかりに残りのミツバチがオオスズメバチに群がった。腹の周りに密集し、ぴくりとも動けないようにする。オオスズメバチが重みに耐えかねて地面に落ちた。
 もう一匹のオオスズメバチもミツバチの波に飲み込まれ、腹の周りを包み込まれ地面に落ちた。

 オオスズメバチ達は驚いていた。
 ニホンミツバチは、オオスズメバチを包み込んで蜂球を作り、内部の温度を上げ蒸し殺す、というオオスズメバチに抵抗する方法を知っている。ニホンミツバチが耐え切れる最高温度がオオスズメバチより高いからできる荒技だ。ニホンミツバチの場合、せっかく斥候が巣を見つけても、仲間に知らせる前に殺されてしまう事が多いのだ。しかしセイヨウミツバチのそれはオオスズメバチより低いので、同じような事は不可能なのだ。加えて、セイヨウミツバチがもともと住んでいたヨーロッパにはオオスズメバチのような捕食者がいないので、対処の方法が分からない。三十匹くらいのオオスズメバチがいれば、セイヨウミツバチの巣は簡単に制圧できるくらいなのだ。セイヨウミツバチがオオスズメバチと戦い、勝利を収めるのは並大抵のことではない。確固たる戦術を持たないので、ほんの数匹のセイヨウミツバチが相手でも、オオスズメバチにはどうって事も無いのだ。その筈なのだが、現状は明らかに違っていた。
「くそ、諦めの悪い奴らだ!」
 何とか襲われずに済んでいる一匹が、ミツバチにしがみつかれて地面に落ちた二匹に助太刀しようと舞い降りて来た。彼女は仲間に手を貸そうとして、その仲間に制止させられた。
「落ち着け、こいつらはそのうち、熱でくたばってしまうさ。体も私達の方が硬いし、この数では針も刺しようがない」
作品名:正義と正義と正義 作家名:小豆龍