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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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その頃。
 私は、恵まれていた。恵まれすぎていると言っても良い位に、恵まれていた。
 小学校の高学年になった私の周りには、『良い人』がたくさんいた。
 こんな私に声をかけてくれる人。
 こんな私に優しくしてくれる人。
 こんな私と遊んでくれる人。
 誰もが皆お互いを思いやって、明るく笑っていて、陰一つなかった。いじめなんてものもなかったし、たまに喧嘩があったとしても、それらは全て円満に解決していた、皆が友達で、皆が温かくて、皆が皆にとっての、全てだった。
 私は恵まれていた。
 家では定刻になれば食事が出たし、何不自由のない暮らしをしていた。
 私は恵まれていた。
 サクライ先生は相変わらずのハネた茶髪を維持していて、いつもよれよれの白衣を見につけ、そしていつでも笑顔だった。いつでも、笑顔で私の傍にいてくれた。
 こんな私に。――こんな私に。
 人一人を陥れるような真似をした、私に。
 温かい場所だった。
 私には、温かすぎる、場所だった。温かすぎて、私には――
 私には、重すぎた。
『そこ』は、こんな私がいてはいけない場所だ。こんな私が、当たり前のように享受して良い場所では、ないのだ。
 受け入れては、いけない。
 罪を背負った私には、私を受け入れる場所など、存在してはならなかった。温かい場所は、私には重すぎた――――。
「ハイラちゃん、最近クラス替えしたんだってね」
 サクライ先生が、そう優しく話しかけてくれた。私の部屋で、私の目を見つめて。私のことだけを、考えてくれている人。
「うん……」
「どんなクラスになったのかな?」
「皆、良い人ばっかり……だよ」
 私の答えに、先生はまるで自分のことのように嬉しそうな目をした。
「そうかあ。良かったね。また、新しい友達がたくさん――」
「あのね、先生」
「ん?」
 私は、先生の言葉を遮った。
「私、……いて、良いのかな」
「え?」
「私は――皆に比べて、本当に、悪い子、なのに……だって皆、こんな私にも、仲良くしてくれて……」
「…………」
「ダメなのに……こんな私に、こんな、……」
 その時の。
 その時の先生の、サクライ先生の悲しそうなカヲを、今でもはっきりと覚えている。
 私をそっと抱きしめて、頭を、撫でてくれて。そして先生は、こう言ったのだ。
「君は何も、悪いコトなんてしてないんだよ。何が君をそんなに怯えさせているのかは分からないけれど……、でも、君がいてくれることで嬉しくなる人間がいるってことを、忘れてはいけないよ」
「そんな人、……どこにいるの? こんな私でも、いて嬉しい、って言ってくれる人なんて……私、知らない」
 私が首を振ると、サクライ先生は微笑んだ。
「ここに一人。それに、君のお父さんやお母さん、おばあさんやおじいさんだって、君がいなくなったら悲しむよ」
「……そんなの。先生は、……分かってない」
「…………?」
 先生の、戸惑ったカヲ。
 何を言っているのか、理解できない、というような。
 ――ああ、そうなのだろう。
 あなたには、私の考えていることも、言っていることも、行動さえも、何一つ、理解などできないのだ。私のことを、あなたは本当に真剣に考えてくれている。私のことを、あなたは本気で、理解しようとしてくれている……。
 でも。
 でもね、先生。
「――無駄なんですよ、先生」
「……ハイラちゃん?」
 私の、投げやりとも取れる言葉に、サクライ先生が首を傾げる。
「誰も、私のことなんて理解できないんです。私が何に怯えているのか、先生も分からないとおっしゃいましたね。それが、何よりの証拠なんです。私のことを理解できるのは、私以外にいないんです。……分かりませんか? 分かりませんよね」
 あはは、と私は笑う。
 先生の表情が、あまりにも滑稽で。
「どうしてそんなカヲをしているんですか? 私がこんなことを言うのが、悲しいんですか?」
 でも。
 でもね、先生。私だって、言いたくて言っているわけではないんですよ。ただ。
 ただ――あまりに。あまりにも先生が、私のことを何一つ理解できていなくて。私はそれが、……すごく、嫌なんです。
「……矛盾ですよね」
「矛盾?」
「だって……だって。私のことを誰も理解できないのだ、と言い切ったこの私が――……」
 あなたに理解して欲しいと、思ってしまったなんて。
 あなたに理解を、望んでいたなんて。
 なんて。なんて――愚かな。
「矛盾です」
「ハイラちゃん……?」
 サクライ先生は、私をじっと見つめている。私は、その目を見つめ返すことができない。
「あ……はは、すみません先生。ご免なさい、先生。変なことを言ってしまいましたね。すみません。理解できませんでしたよね……」
「ハイラ……ちゃん……」
 とてもとても悲しみに満ちたカヲ。
 とてもとても私を気遣ってくれるヒト。
 でも、それは私には温かすぎて、優しすぎて。
 だから、私は望んでしまったのだ。私の身の丈にはあわない願いを、抱いてしまったのだ。
 理解して欲しい。私を、理解して欲しい。
 大好きになった人だったから。
 大好きだった××××××のように――余すことなく余すところなく、私のことを、何から何まで、理解してほしかった。
 でも、あなたにはやっぱり、理解できなかった。
「ハイラちゃん……一体何が、君の重石になっているんだい?」
「さあ……何なんでしょうね。私にも、分かりません。だから――先生にも、理解できませんよね?」
「…………」
 先生は悲しげに歪めたその表情を和らげ、私を見た。
「ハイラちゃん。今は、まだ僕には理解できないかもしれない。でも、きっといつか、君の事を理解してみせる。だから、もう二度とそんなことは言わないで」
「……私のことを、理解……」
 できるんですか? あなたには。
「できるよ。絶対、ね」
 そう、にっこりと笑う先生。
 理解できない存在であるはずの私に向かって……こんなにも優しく。
 そうだ。
 今、判別することではない。この人は。サクライ先生なら。いつか、きっと。
 私のことを。
「先生」
「ん?」
「…………大好きです」
 私が言うと、先生はまた、笑って。
 はにかんだように微笑んで、また私の頭を、撫でてくれて。
「僕もですよ」
 そう言って。
 二人で、笑った。