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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|32ページ/140ページ|

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「その言葉……忘れるでないぞ。自分の言葉を是が非でも全うする。……これは正義を探求するものに課せられた十字架である。いかなる事情があろうとも、いかなる変化があろうとも、自らが発した言葉を守ろうとすることがあるべき姿なのである」
 インドラは、スワンの告白を聞いていた。正義を追究しようとしたがために地獄に墜ちた。その考えをインドラは青臭いと断じた。しかし青臭いが故の輝きも同時に見いだした。
 だからこそ、ハルを思って自分に刃向かった時、カスだと言い放ちながらも、輝きをあらわにするスワンを改めて感じたのだった。
 ダニーやトロンがハルに興味を示したように、インドラはスワンの潜在能力を見出した。そして、恫喝されることによって妙な快感を得たカムリーナは、もう一度その快感を得るために、どんな言葉をかければマユが怒りに溺れるのか思案していた。
「インドラ様がハマス組の名前を胸に刻むという前代未聞の風景が現実のものとなった。しかも、スワンソングとガチバトルの確約付きだぁぁ!! それにしてもマユの毒舌を赦すなんてインドラ様の懐は深いと言う他ありません」
「むきーー!! また言う!!」
 毒舌家という言葉を使うとマユは激昂する。この法則に気付いたカムリーナは、密かに微笑んだ。最早インドラが彼等を認めたことなんてどうでもよくなってきたのだった。
「必ず地獄を脱出して……」
 スワンは認められたことを喜び、そしてインドラが説く正義論に敬服した。それ故、インドラに対し、自らの決意を表明したくなった。しかし、インドラはその決意を全て聞く前に、その言葉を遮った。
「決意は胸に秘めるもの。易々と口にすべきではない」
 インドラの言葉を聞いたスワンは、グッと言葉を飲み込んだ。インドラの言う通りである。まだ地獄に墜ちてまだ日が浅い。地獄を脱するのはまだ遠い話である。まだ苦難の入り口に立ったばかり。それなのに軽々しく地獄を脱するなどと言うべきではない。口に出した途端、それが軽く空虚なものになっていく。
「何関心しているんだよ。シローウィンは私達のことを虫けらって言ったんだよ」
 スワンはマユの言葉でハッとした。スワンはインドラに対して、今すぐにでもひれ伏しそうな程の尊敬心をもった。しかし他方では、慈悲とは対極にある態度をインドラはとっている。インドラに対する相反する感情を同時にもつことにより、スワンの心は大きく揺れていた。
 そんな苦悩のスワンをよそにインドラは静かに去っていった。
「ハマス組を前に神の鉄槌を下さずにインドラ様は去っていった。これよりバベルの塔は様相が一変することになります! 新規採用になった軍人による初任者研修に突入します! その数幾万! インドラ様一人の時と違って、肉弾戦になるでしょう。どうするハマス組。戦い方を変えないと先に進むことはできない! マユの毒舌も意味を為さなくなることでしょう」
「むきーー!!」
 カムリーナは意図的に「毒舌」という言葉を織り込むことで、マユの怒りを誘った。そして予想通りの反応を前にしてカムリーナは恍惚とした表情を浮かべた。その表情は快楽に溺れる恥ずべきものであり、天使として相応しくないものだったが、カムリーナのいる場所は普段報道官しか出入りしないアナウンス室。自分一人しかいないという安心感から自らの欲望を隠すことなく表に出した。しかし……
――――カチャ……
 カムリーナの側で何かのボタンを押す音が聞こえた。慌てて振り返るカムリーナ。そこには、検察事務官、トロン・バッキンが不敵な笑みを浮かべながら立っていた。
「ほう? 君が報道の練習をするのは、罪人を出汁にして欲望を叶えるためか?」
「あ……あ……そんなことあるわけないじゃないか……君は誰だ! 検察官か?」
 トロンが検察官だと思ったのには訳があった。天使の制服である。天使は所属局により制服が違う。検察官や検察事務官は青い軍服調の制服である。罪人達からは、この制服に色により、「青鬼」と呼ばれている。対して、刑務官は深紅の制服であり、同様に「赤鬼」と呼ばれる。トロンが着ている青い制服を見てカムリーナはトロンを検察官だと思ったのである。
「検察事務官だ!」
「俺を告発する気か? 俺は何も悪いことをしていないぞ。むふふな顔をするぐらい、いいじゃないか!」
 検察事務官を前にして、罪に問われるとばかり思っているカムリーナに対して、トロンは表情を変えずに近づいていった。
「そんな小さいことのために来たんじゃないよ。……ハルとマユが手を組んで、更にスワン・ソングが加わった……ハマス組か……」
 トロンはカムリーナの横に立つと、目の前の巨大モニターを前に呟いた。カムリーナは数々のボタンやフェィダー、アナウンス用マイクが並んでいる調整卓を前にして座っていた。その壁面には、バベルの塔の様子を様々な角度から映すモニターがあった。そのうちの一つは明らかにハル達の様子を映していた。
 これらのモニターに映る風景は、調整卓で操作することができる。カムリーナはインドラとハマス組の動向が実況の中心になると判断し、そこに焦点を絞ったのだった。その判断はハル達の様子を見に来ていたトロンにとって都合のよいことだった。
 モニターには、インドラが去って、暫し呆けるハル達の姿が映し出されている。しかし数分経つと、ハル達を映すモニターだけでなく、全てのモニターで動きが慌ただしくなってきた。カムリーナが直前に実況した通り、新規採用された軍人達がなだれ込んできたのである。
「ここで脱落しないでくれよ……」
 トロンの祈りにも似た呟きが漏れた頃、三人に新たな苦難が降りかかった。バベルの塔、第二幕の幕開けだった。
「新入りの軍人かぁ……ちょろいっしょ?」
 笑みを浮かべながら話すスワンだったが、ハルの表情は曇っていた。
「どうしたのハルちゃん」
 様子が気になり声をかけるスワン。
「戦わなくちゃ……駄目なの?」
「戦わないと先に進めないよ?」
 戦うことが当然だと思っているスワンは、ハルの言いたいことが分からずにいた。
「どうして傷つけ合わないといけないの? この戦いに何の意味があるの? 天使様も私達も戦うことで何が生まれるの?」
「何が生まれる……って言われてもな……」
「天使様に手を上げることは……できない……人を傷つけてまで上がろうとは思わない」
「そんなこと言っていたら、あっという間に時間切れ。コキュートスに落とされるぞ!」
「天使様は分かってくれる。心を込めて話せばきっと分かってくれる。傷つけ合うことの虚しさを……」
「は? 天使が分かるわけないだろ? なあマユ! ハルちゃんはこんな甘ちゃんでこれまでやってこれたのか?」
 ハルの言うことは理解に苦しむ。そんな思いをあらわにしながら、明らかな呆れ顔でマユに問いかけた。
「その甘ちゃんが凄い力なんだから。私はハルについていくの。嫌なら一人で先に行けば?」
「おいおい。それはないよ。じゃあ、戦わないという方法がアリとしよう。んで、どうやって切り抜けるんだ?」
「それは……」
 途端に何も言えなくなったハル。思いが強くても策がないため答えることができなかった。