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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 天使は少女を見つめ、大きく頷いた。そして手を取って堅く握手をした後、優しく抱きしめた。少女は、突拍子のない天使の行動にびっくりし、身を固くした。
「天使様……」
 少女は思わず呟いた。すると、天使は抱きついたまま顔を合わせると、首を横に振った。天使様と呼ばれることを受け入れてもらいないと悟った少女は困ってしまった。
「じゃあ……どうすれば……」
 天使は即座に少女を指さした。呼び名を少女に決めて欲しいといっているのだ。
「え! そんなぁ……天使様には名前ないんですか」
 天使はコクリと頷いた。少女は天使なのに名前がないというのはどういうことか想像つかなかった。それに自分に名前を決めて欲しいなんて思わぬ提案に困惑した。しかし天使たっての願いである。少女は一生懸命考えた。
「ん……じゃあ天使様だから「テン様」はいかがでしょう」
 天使は「さま」と口パクしながら首を横に振った。天使に対する呼称に「様」をつけることを拒否しているのである。しかし、少女にとって天使は雲の上の存在である。様をつけないで呼ぶことなんて考えられなかった。
「仲間だからって仰るんですか……だったら……」
 少女はおそるおそる口にした。
「テンちゃん……は?」
 天使は満面の笑みを浮かべながら喜んだ。それを見た少女は安堵したが、天使に向かってちゃん付けで呼ぶことに抵抗があった。しかし、自分のことを仲間だと言ってくれるのだから、むしろ自然なことなのかもしれないとも思ったが、その心中は複雑だった。
 少女によってテンと名付けられた天使は、少女の手を取って、駆けだした。少女はテンに促されるまま、白い世界を走っていく。
 暫く走ると、テンはある一点を指さした。そこには、白の世界にはあるはずもない大きな木枠の扉だった。テンはその扉に入るように少女に促すと、六芒星に乗って帰ろうとしていた。
「テンちゃん! 帰っちゃうの? また会えるよね? また一緒に歌えるよね?」
 すがるように問いかける少女に対し、テンは変わらず笑みを浮かべながら大きく頷いた。六芒星に乗って帰って行ったテン。またしても独りになった少女だが、その心は満たされていた。仲間を得ることで、自分の存在意義を見いだした少女。目の前の扉の奥には何があるか予想だにできない。しかし、その扉を見つめる瞳は一点の濁りもなかった。
 自己否定の呪縛からやっと立ち上がった少女が新たなステージに立とうとしていた。
 少女は息を整えて、ゆっくりと扉を開いた。奥は、金や銀の調度品が品よく並べられており、地獄に似つかわしくない豪華な部屋だった。少女は、辺りを見渡しながら呆然としていると、部屋いっぱいに響くような大きな声が少女の耳に突き刺さった。
「罪人よ。椅子にかけ給え」
 少女は、部屋の中央にある豪華な装飾が施してある椅子を見つけると、それに腰掛けた。
「罪人よ。汝はここで、自らの存在価値を問うたはずだ。存在するに足るものなのか熟考したはずだ」
「はい」
「それでも、存在し続けるに足ると判断したのか?」
「はい。こんな私でも、何か役に立つことがあるかもしれません」
 少女は、キリッとした目つきで前を見据えながら言い放った。
「罪人よ。汝は生まれてきて良かったのか? 生まれてこなければよかったのではないか? そうすれば汝は自らの存在を呪い、苦しむこともなかったはずだ。世界を汚すこともなかったはずだ」
 少女はこの言葉を聞いて、言葉に詰まってしまった。先程まで自らの存在を呪っていた。改めてそう聞かれると反論がにわかにできなかった。しかし、歌が自分を救ったことを思い出した。テンが仲間だと言ってくれたことを思い出した。自分には音楽がある。仲間がいる。絶望のどん底で見つけた宝物をそっと握りしめながら、倒れそうな心をグッと起こした。
「生まれてきてよかったかどうかまでは分かりません。ただ、生まれてこなければよかったとは思いません」
「なるほど。ならば汝に問う。この部屋を出れば、自分の存在を疑った瞬間消滅する。魂が消滅するのである。それでも汝はこの扉を叩き、踏み出す覚悟はあるか」
「勿論です!」
 少女に迷いはなかった。自分が何者か正直分からない。でも信じてみたくなった。自分自身を。そしてどこまで行けるか試してみたくなった。その気持ちが少女の返事に表れた。
「汝の返事しかと賜った。これより先の旅は、汝の存在理由が常に問われることになることと心得よ。汝自身を愛し、それに恥じぬ行為を行う事で全ての試練を乗り越えることができよう。しかし、汝自身を疑い、その存在を尊重できなくなったら即座にその身は地獄の業火に焼かれるであろう」
「ありがとうございます」
 思わぬ祝福に少女は歓喜の声をあげた。そして、どこから発せられているか分からない声の主を目で探しながら、感謝の言葉を口にした。その瞬間、少女の頭上から眩い光が発せられた。その光の正体はCD状のディスクであった。
 このディスクは、公判手続きをする際に、頭に差し込まれたものと同一のものだった。
「この地獄を乗り越えた褒美である。汝の頭部に挿入せよ」
 少女は、ディスクを頭に差し込み、記録されるあの違和感を思い出した。できれば同じ経験をしたくない。でも、褒美としてもらったディスクである。とても大切なものがその中に入っている気がしてならなかった。
 少女は意を決してそのディスクを頭に入れた。
――――キュルキュルキュル
 と音を立てながら頭部に入っていった。すると、同時に、少女の脳裏に映像が浮かんできた。
 それは、少女が自殺することになった洋館の一室だった。見知らぬ男が二人入ってくる。この二人の会話から、少女は誘拐されていたことを知る。どうして誘拐されたのだろうかと、少女は疑問に思った。その答えはすぐに知ることになる。少女と誘拐犯との会話の光景が再生されたからである。
 少女が愛する者は陸軍の将校だったようである。少女を誘拐することにより、少女の愛する将校に対して、政治的な取引をしようとしたのである。
 少女は、自分が誘拐されることで、愛する者の足枷になることを痛く悲しんだ。むしろそうなるぐらいだったらと死を選んだようである。
 少女は一連のシーンを見る程に、大粒の涙を流した。生前自分は不幸ではなかった。むしろ幸せだった。自殺をしたとはいえ、自分の死と引き替えにしてもいいと思うほど愛する者がいたのである。そしてその者から同様に自分も愛されていた。
 自殺したのは、自分の人生が恵まれていなかったからだと思い込んでいた少女は、自分自身をぎゅっと抱きしめ、自らの体を包み込んだ。もっと生きたい。もっと進みたい。沸々と湧き上がる情熱をもう止めることができなかった。
 この部屋に入った扉と逆の方向にある扉が音もなく開いていった。その奥は眩い光に包まれていた。虚無地獄の出口。新たなる地獄の入り口であった。不安がないといえば嘘である。実のところ不安でいっぱいだ。でもそれ以上に希望を携えて少女は歩み出した。