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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第4章「男爵令嬢」



 少女が虚無地獄を通過したという事実は、地獄中の誰しもが知ることになった。しかし、少女は単なる地獄の一罪人。少女の特異性に気付いていない天使の目に留まることはなかった。
「ふふふ……虚無地獄ごときで往生するようでは困る。城島春江……いや、今は名をなくしているか……早く這い上がってこい」
 そう呟くのは、地獄の入り口で対峙した検察官、ダニー・クルトンだった。
「それにしても、奴の罪の内容に対し、刑が重すぎるな。虚無地獄は重すぎる」
 ダニーは、裁判記録を見ながら呟いた。
「それとも、威光を携えるに相当する事情を斟酌せずに判決を下したか? メモリーディスクを見れば、威光を携えている理由が分かるはずだ」
 メモリーディスクとは、少女の生前の全記憶を記録したディスクのことである。このメモリーディスクは、裁判の資料として使われた後は、判決が適正に行われたことを証明するものとして半永久に保管される。
 しかし、毎日、数え切れない罪人を裁判する。そのため、その記録も日々膨大な数が蓄積されるのである。いちいち、過去の裁判記録に目を通す者はいない。
 ダニーのように、過去の裁判に気を留め、メモリーディスクまで見ようとするのは極まれであった。
「ん? 奴のメモリーディスクが……ない?」
 ダニーはあるはずの場所にメモリーディスクがないことに気付いた。そして、この事実は、重大な結果へ帰結することをダニー自身よく分かっていた。
「メモリーディスクの紛失……もしくは何者かによる意図的な廃棄……いずれにしても重大な犯罪……」
 メモリーディスクだけでなく、全ての情報は、定められた場所に保管することが「情報管理法」によって義務づけられている。そしてその閲覧も定められた場所で行う事になっている。当然、情報を廃棄したり、持ち出したりすることは厳しく禁止されている。
 あるべき情報がないことは、この法律を犯していることになり、その責任が天使にあれば、即刻逮捕され、罪人として逆に地獄を這いつくばることになるのである。
「奴の正体を明らかにしたくないという輩がいるのか……奴の正体にはそれ程の秘密が隠されているのか? いずれにしても、ますます興味が沸く。秘密を背負う罪人と、それを覆い隠そうとする陰謀……いつか暴いてやる」
 薄笑みを浮かべながらダニーはメモリーディスク倉庫を後にした。ダニーは、自分の興味をかき立てる展開に喜びつつ、どうやって謎を解こうかと思案していた。
 一方、少女は、虚無地獄から脱出し、新たな地獄に踏み入れようとしていた。ドアを開けて、踏み入れた世界は、三十畳程のコンクリートで囲まれている部屋で、罪人が五十人程いた。部屋の広さに対して、閉じ込められている罪人の数が多すぎるため、少女はこの部屋に入った途端、人混みに紛れて息苦しくなった。
 虚無地獄で孤独な世界にずっといた少女にとって、人に溢れる世界というのは安心するものであったが、少女以外の罪人は、青白い顔をして見るからに怯えている。
 そこに無機質なアナウンスが流れてきた。
「ここは、圧縮地獄二五七号室である。これより圧縮を開始する。圧縮が完了するまで三十分、圧縮維持に一年、圧縮から解放され、体の復元に約一時間。合計一年と一時間三十分激痛に耐えよ」
 これを聞いた罪人達は絶叫した。
「ぎゃーーーー!! もう始まるのかよ!」
「もう嫌だ……嫌だ……嫌だ……」
「あわわわわ……あぁ……あぁ……」
 少女はアナウンスの意味が分かっていない。周りの罪人の反応から、どんな酷いことが始まるのか不安になるしかなかった。
 更に続けてアナウンスが流れてきた。
「汝等はこれより始まる激痛を耐えるに足る存在なのか? 激痛を耐えてまで生きる価値があるのか? 汝等ごとき下らない存在を守るために耐える必要はあるのか? 汝等がこの世界から消え去ることは、この世界に対し有益なことである。自らの存在を消滅させろ。存在の呪縛から解放されよ」
 激痛に耐えるか自らを消滅させるのか究極の二択をつきつけているようである。しかし、少女にとってどれ程の激痛か想像できなかった。まだその「圧縮」を体験していないからである。
「汝等の眼前にコンピューターがあろう。そこから伸びるコードに、汝等の指に刺し、デリートボタンをおせば、汝等の存在そのものもデリートされるであろう」
 部屋の奥が窪んでおり、そこにパソコンが設置されていた。このパソコンを操作すれば、その魂は消えるのであろうか。
 皆、圧縮が始まる事に悲観しつつも、パソコンを操作するのに躊躇している。近くには行くが直前で踏みとどまっているようである。自らの存在が消えることに恐怖を抱いているのであろうか。しかし、予告されただけで絶叫してしまう程の苦痛を前にして皆追い込まれていた。
 混乱の最中、少女は呆然としていた。
 そんな中、少女に話しかける女がいた。
「おーーい。大丈夫? ここに来たばかり?」
 少女に語りかけた女は、少女と同じぐらいの年齢で、髪はブラウンで綺麗なストレートだった。顔は欧米系の顔立ちで、白く透き通っていた。服は貴族のドレスのような恰好でどこか品のある雰囲気があった。
「はい……そうです……」
 少女は急に声をかけれらたため、警戒して後ずさりしながら答えた。
「えーー怖がらないでよー」
 不服そうにしながらも、初対面でいきなり話しかけられたら、そのように反応するのも仕方ないかと納得しながら、更に言葉を続けた。
「私の名前は、マユだよ。マユちゃんって呼んでね」
「マユちゃん?」
「うん。あなたは?」
 名前を聞かれて詰まってしまった。少女は名前を覚えていないからである。
「……覚えていない……」
「分かっているよそんなこと。自分で付けるんだよ。名前」
「自分で付けるの?」
「そう。だって忘れちゃうじゃん。私だって忘れてたし。でも不便でしょ?」
 少女はなるほどと思いながら、自分の名前を何にしようか考えた。
「……ハル……」
「ハルか。かわいいね」
 少女は、頭にパッと浮かんだ言葉を口にした。しかし、前から自分の名前はそれであったと思ってしまうほどシックリきていた。生前春江だったことを考えてみると、ハルの魂に刻まれていた言葉かもしれない。
 絶叫が響く中で、ハルとマユは妙な友情が結ばれた。このマユとの出会いは、ハルの運命を大きく動かすこととなる。無二のパートナーとの運命的な出会いの瞬間であった。
 しかし、ハルは、人見知りせずに話しかけるマユに戸惑った。マユの姿を見ると、ハルが生きていた昭和の日本には存在しないヨーロッパ風の顔立ちにドレス。外国人とふれあったことのないハルは、どう接すればいいのか分からなかった。
 自分のことが何者か分からないから警戒心が消えないんだ。そう思った女は、自分のことを話すことにした。
「あたしねえ、生きているときはね、スコットランドに住んでいたの」
「スコットランド!? ヨーロッパに住んでいたの?」
「あ……うん。ヨーロッパ? まあそういうこと」
 スコットランドは、現在のイギリスにあたる場所である。当然ヨーロッパである。しかし、マユは「ヨーロッパ」という言葉を知らなかった。その訳もじきに分かることとなる。