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恋の掟は冬の空

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5階の部屋まで


見慣れた景色の中をゆっくりだったけど、部屋へと向かっていた。
足のせいでもゆっくりだったし、周りを見渡しながらだったからいつもの倍以上時間がかかっていた。
変わらない街並みだけど肌に触れる風とともに、冬はきちんとこの都会にも訪れているようだった。

はねられた交差点は何事もなかったように静かで、自分でも不思議なくらいだった。俺が飛んで壊れは生垣だけがその名残が残っていた。へし折った植木はまだ、俺の体の跡を残していた。
ほんの少しで夏樹のマンションだった。

「はーぃ。どなたですかぁ」
夏樹の声がインターホンから聞こえていた。
「あのう 劉なんだけど、夏樹さん、いらっしゃいますかねぇ・・」
ふざけながらだった。
言い終わらないうちにドアがこっちに開いて頭がぶつかりそうだった。
「なに、やってんのよぉー 退院って今日だったのぉ・・」
部屋にいないかなぁって思ってたからこっちもビックリしていた。
「退院は日曜日だってば。今日は外泊許可もらえたから 帰ってきちゃった」
「1人で、病院から歩いてなの・・大場にでも言って車出してもらえばいいのに・・暇なんだから・・あ、でも夕方までバイトだなぁ」
「それ 覚えてたし歩きたかったからね。でも、ここまで遊びながら帰ってきたからほぼ5時間以上だな。さすがに疲れた」
笑顔でしゃべってたけど、けっこうもう足は疲れていたし、家がそこかと思うと緊張も解けたみたいだった。
「あがって休んでいく?散らかってるけど・・」
「いいや、このまま、家に帰ってみるわ、上がり込んだら家にいつつくかわかんないや。それに背中に食べ物も背負ってるから」
「そう・・直美しってるの・・家に劉が帰ってくること・・」
「昨日の夕方に、急に許可もらったし、直美は今日は遅くまでバイトだから知らせてないんだ。なんか知らせるとかわいそうだったから。働かなきゃいけないのに・・」
「えぇー 知らないんだぁ。教えてあげればいいものを・・ 部屋に戻ったらびっくりして、喜ぶよーきっと。直美、バイト10時まででしょ。戻ってくるのは10時半ごろかぁ・・」
「晩御飯のしたくでもして直美が帰ってくるの家で待ってるわ」
「1人で大丈夫なの・・手伝ってやろうかぁ」
ありがたかったけど 首を横に振っていた。イブなんだから夏樹だってきっとなにか予定があるに決まっていた。
「大丈夫だから、ありがとね。じゃあ 帰るね」
「うん、なんか困ったことあったら電話で呼んでよ、家にいるから」
「うん」
返事をして背中を向けていた。
あぶなっかしく見えたかどうかは知らないけど、振り返ったらまだドアから顔をだしていた夏樹だった。
松葉杖から一瞬手を離して小さく手を振っていた。

あと少し歩けばマンションの入り口だった。
マンションの周りの背の高い木も冬そのものって色合いになっていた。
見上げると春に直美と一緒に買ったおそろいのカーテンが、3階と5階に見えていた。
なんか、息を大きく吸ってにんまりだった。
エントランスを通り抜けて5階の部屋に向かっていった。
ドアを開けると、俺の部屋の香りだった。玄関に飾られたお気に入りのアロマキャンドルの香りがほのかにだった。
片方だけ履いている靴を脱いでリビングの部屋に入るとなんとなく直美の気配がしてうれしかった。不思議な感覚だった。
ソファーの前のテーブルに飲みかけのマグカップがおかれていた。ココアのようだった。今まで直美がそこで飲んでいたようにそれは置かれていた。
背中のカバンから、デパートで買ったお惣菜を冷蔵庫に片付けて、シャンパンを最後にだった。中を見て気がついたけど、ビールの買い置きはないようだったから後でコンビニでいいからいこうって思っていた。入院してから、まったくビールも飲んでいなかった。
夜まで時間もあったし、少し横になりたかったからベッドで横になろうって考えて、もう一つの部屋のドアを開けて、少しだけ笑っていた。
リビングよりも、もっと直美がいるような気配だった。
机の上には直美の学校の本があったし、ベッドの横にはきちんとたたまれたパジャマが置いてあったし、それに、編みかけの大きな靴下まで並んでいた。一つ一つそれを見ながら大好きな直美の笑顔を思い出していた。ニッコリだった。
どうやら、ずっと3階の部屋ではなくこの部屋で寝起きしているようだった。
もぐりこんだベッドには 直美の香りがしていた。

起こされたのは、インターフォンの音だった。
「すいません 駅前のシフォンヌなんですが、柏倉さんの家ですか、ケーキ持ってきたんですけど」
1時間以上も寝ていたようだった。
「はぃ すいません。今開けますから」
玄関を開けると、おねーさんに似た弟さんだった。
「すいません、遅くなっちゃって」
頭を下げながら笑顔で、笑うと余計に えっちゃんそっくりだった。
「とんでもない こんな事してもらっちゃって。こんなお客はじめてでしょ・・すいませんでした」
「いえ、よく姉に言われて配達してるから、ほら、おばーちゃんとか足が悪いのに、うちのケーキ食べたいとか言うから・・」
笑いながらだった。
そんなことしてるんだってこっちは驚いていた。味もだったけどやっぱり人までいい店だった。
「えっと 冷蔵庫まで入れましょうかぁ、上がってもいいなら・・まだ食べないんですよね・・」
「そこだから 片手でいけそうだから大丈夫。ありがとうね。おねーさんにもお父さんにもよろしく言ってください」
「いえ、こちらこそ ありがとうございます。では失礼します」
ドアを閉めながら笑顔の高校生だった。
冷蔵庫まで片方の杖だけで右手にケーキの箱を持ってゆっくりに歩いていた。ここでケーキを傾けたら、えっちゃんの親切も弟の気持ちも台無しだった。きっと直美の笑顔も少し減っちゃいそうだったから真剣だった。
冷蔵庫を開けて、さっき空けておいたスペースに気持ちのこもったクリスマスケーキを置くと、なんだかつまらない冷蔵庫の空間に花がさいたようだった。
まだまだ 時間はあったからお風呂でも入ろうかなぁって思ってお湯をためる事にした。待っている間に、直美が編んでくれた靴下を脱いで足にスーパーでもらえるビニールの買い物袋をはめて、その上からまたゴミ袋用のポリ袋をすっぽりかぶせて口をしばっていた。これでなんとかお風呂もいけそうだった。せっかくのイブだったから、頭を洗ってすっきりしたかった。
出来上がったギブスのはまった足を見ながら、けっこう1人で笑っていた。

マンションの部屋は、暖房もだったけど、なんだか、ここは暖かで、ほんわかで居心地が良かった。


作品名:恋の掟は冬の空 作家名:森脇劉生