小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

恋の掟は冬の空

INDEX|40ページ/74ページ|

次のページ前のページ
 

緑のドアのその向こう


豪徳寺のマンションまで 小田急線各駅停車で20分ほどだった。新宿に向けて逆方向だけど、いつもながらけっこう混んでいた。
遅いお昼を駅前の中華屋で食べて、杖でマンションまで歩き出した。この足なんだから世田谷線で一駅乗って帰るのが普通なんだろうけど、どうにも歩きたくって足をマンションに向けていた。時間は3時だった。

駅から少しだけあるくと、小さいけれど人気のケーキ屋さんがあった。ケーキを買うのはここにしようって昨日の晩から思っていた。
直美の好きな店だった。
贅沢はしていなかったけど、よく二人でこの店に来て 季節ごとのいろんなケーキを食べていた。元気な20代半ばぐらいのお嬢さんがいつもお店にいて、作っているのはそのお父さんとその弟子って感じの人だった。
娘さんは えっちゃん ってみんなに呼ばれていた。 とっても明るい人で、買い物の時には直美にも俺にもよく話かけてくれる人だった。
ちょっと懐かしくて店を眺めてから、小さなかわいい緑色のドアを開けていた。
「いらっしゃいませ」
そのお嬢さんのえっちゃんがいつもと変わらない元気な声だったけど、忙しそうにお客さんを相手にしながらだった。今日はさすがにバイトの女の子も2人いるようっだった。
「あっ そうかぁ」
声を出していた。
張り紙が出ていた。
  『クリスマスケーキはご予約のみとなります。申し訳ありません
      ご予約票を お持ちのお客様は店員にお渡しください』
当たり前だった。小さなお店だったしそれに人気のお店だったから当然だった。
「いらっしゃいませ、ご予約の方ですかぁ」
今度は顔をこっちに向けていつもの娘さんだった。
「いえ、えっと 予約してないんです。クリスマスケーキはないんですよね・・」
「あっー お久しぶりです。どうしちゃったんですかぁ。それ。そうかぁーそれでかぁ・・彼女は来てくれてるんだけど見かけないから変だなぁって思ってたんだけど聞けなくて・・」
「新宿の病院にちょっと入院してたもんで・・」
「そっかぁ 知らなかったぁ。聞きづらいんだよね、よく一緒に仲良く来てくれてたカップルの片方を見かけなくなっちゃうのって」
笑いながらだったけど、確かにそうだろうって思っていた。
「ちょと待っててね」
言いながら奥の調理場っていうのかはわからなかったけどケーキを作っているガラス越しに作業が見える部屋に入っていくようだった。
丸いケーキじゃなくてもいいかなぁって思いながらショーケースの中のかわいいケーキを眺めながら少し待っていた。
「えっと、このサイズじゃだめかなぁ・・」
戻ってきてショーケースの上にあったクリスマスケーキの写真を指差しながらだった。1番小さいサイズのクリスマスケーキだった。
もちろんそのサイズで充分だった。
「これなら、売ってあげられるから」
少し小さな声だった。
「いいんですか、予約してないのに・・」
うれしかったけど、思いがけなかったからだった。
「いいのよ、よく来てくれるし、それに何か予約に間違いがあったりしたら困るから少しだけは多めに作ってあるから、内緒だけどね。あと、おとうさんが、いつものお客様だからって・・」
言われてガラス越しの奥の部屋を見上げるとおとうさんが こっちに頭を下げていてくれた。思わずこっちも頭を下げて、聞こえないだろうから ありがとうございますって ちょっと大きく口を動かしていた。
「ありがとうございます、甘えて頂きます。きっと彼女もクリスマスケーキは、このお店のを予約して食べたかったんだろうけど、今日はまだ、俺が病院から戻れる予定じゃなかったから・・。でも外泊許可がもらえたので突然帰って来ちゃいました。よかったです、わけてもらえて。彼女も俺もここのケーキ大好きですから。すごく喜ぶと思います」
「いえいえ、よく来てもらってるのに、クリスマスケーキを他のお店の食べられちゃったら こっちのほうが悲しいわよ。買ってもらえてうれしいわよ」
笑顔のお嬢さんだった。
こっちは 本当にうれしかった。
「あら でもどうしよう。持てないよね」
お金を払おうとしたらだった。
「そっかぁ 後ろのバックじゃ無理ですね、これ・・」
「無理だよねー」
全然考えていなかったから、どうしようって頭が真っ白になっていた。
「家って遠いの?」
「宮之坂の駅のそばなんですけど、ここからだとまだ10分ぐらい歩かないと・・」
「そうだねぇー。でも、今すぐに食べるわけじゃないよね」
「彼女 バイトから戻るの10時過ぎだから、夜遅くです」
「そっか、なら弟が帰ってきたら運ばせるよ。もうすぐ高校から帰ってくるから。ここに簡単な地図書いてよ」
言いいながら。メモ紙を差し出されていた。
「いいんですかぁ。ありがたいけど、そこまでしてもらっても・・」
「いいも悪いも、食べてもらわないとね、せっかくのクリスマスイブなんだから・・」
ほんとにありがたかったし、みんなが、えっちゃんって親しみをもって呼んでいる理由がわかったような気がしていた。
悪いと思ったけど、今日は言葉に甘えて地図と住所を書き込んでいた。
「へー あのマンションなんだぁー 知ってるけど・・すごいねーお金持ちの子なの・・高いでしょ、あそこは」
「親戚の部屋を借りてるだけですから、そうじゃないんですよ」
「そうかぁー でもいいところだよね、あそこは。じゃー 弟帰ったら、ゆっくりの自転車で持っていかせるからね」
「ほんとにありがとうございました。おとーさんにもよろしく言って下さい」
「はぃ では、いいクリスマスを」
笑顔のえっちゃんだった。
「こちらこそ 素敵なイブを」
もっと笑顔の俺だった。

作品名:恋の掟は冬の空 作家名:森脇劉生