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人間屑シリーズ

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 そんな事を考えている間も、しばらく二人は言い争っていたが、やがて話はまとまったらしく惣ちゃんが神妙な顔つきで話を始めた。
「一千万で殺害させてくれっていうメールが出回ってるみたいなんだけど……知ってる?」
 俺の顔色を伺いながら発した惣ちゃんの言葉に思わず舌をまいた。
 俺がどんな事件を担当しているかなんて、惣ちゃんが知るはずも無い。俺の頭は久しぶりに刑事としての機能を使い始める。
「ああ……一応、耳には入っているよ」
 まずはそれなりに濁した態度で相手の出方を見る事にした。
 惣ちゃんは一度呼吸を整えると、俺に向かって真摯な眼差しを向けたまま言葉を続けた。
「実は……彼女はそのメールの被害者なんだ」
「……」
 女子高生は黙ったままだったが、しかし若干の暗い色をその大きな瞳に覗かせた。なるほど、とひとり合点して俺は惣ちゃんに尋ね返す。
「しかし……その事件はいわゆるねずみ講だろう。という事はその子も誰かの親なのか?」
「違う! 彼女は誰にも回していない! だから…」
「だから?」
 必死に彼女を弁護する惣ちゃんを、俺は敏腕検事のように追及する。言葉に詰まったその先を聞き逃さない為に。惣ちゃんは大きく息を吐いた後、小さくなりながらこう答えた。
「……だから必死にアルバイトをしてるんだ。少しずつでも返済しようと」
 一千万で殺害を依頼する組織の、大体の活動内容は把握出来ていた。だからこの見た目の綺麗な女子高生の“バイト”がどのようなものか、想像もついたが今はそれどころでは無い。
「なるほど。あの組織は人数が多く広がりすぎている上に、何らかの団体にも属していない。背後にあるものが全く不明なんだ。どの会員も全て皆同列で、無個性だ。だからその中心に近づくのはとても難しくてね」
 俺がそう言うと女子高生が口を開いた。
「私は会った事がある……中心人物に。みんなの様子が全然違ったし、多分……あの子が主犯なんだと思う」
「本当か?」
「……うん」
 今までもこの組織に属する人間を捕まえられなかったわけでは無い。
 しかし彼らは皆、中心人物の事を話すと“殺される”と刷り込まれており、誰一人として口を割らなかった。一体どんな手を使うのかは知らないが、集団催眠でもかけられたかのように彼らは虚ろな眼差しを持ち、固く心を閉ざしていた。
 だからこの女子高生の話が本当ならば、それは願っても無い事だった。
「詳しく教えてくれないか?」
「……ちゃんと私を保護してくれるなら」
 女子高生はそう言うと俺の目をじっと見つめた。
「約束しよう」
 力強くそう答えると俺は、女子高生と惣ちゃんを連れ、署へと向かった。

          *

 署内に着くとすぐに詳しい事情聴取を開始する事にした。
「休暇はもういんですか?」などと俺を気遣う人間もいたが、俺にとっては動き始めた捜査の方に完全に気がいっていた。何だかんだと言いながらも、やはり好きなのかもしれない――この仕事が。いや、それとも妻から解放された喜びなんだろうか? 
 俺はいつも以上に張り切って仕事に取り組んだ。

 女子高生の事情聴取は実に興味深い内容だった。
 惣ちゃんからも同じように話を聞くと、彼のバイト先のコンビニにも会員と思われる店員がいるらしい。そちらも一度調べてみなくてはならないと思った。


 色々な手続きをしていると日付はとっくに変わっていたが、それでもなお俺は仕事をする手を止めなかった。
 家に帰って宇宙人の相手をするより、この事件を解決へと導く事の方が余程有意義に思われたからだ。



作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文