小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

城塞都市/翅都 40days40nights

INDEX|10ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

2-2 三頭の黒龍・2




 急かされて大急ぎで口に詰め込んだおかげで、朝ご飯は残さずに済んだ。
 顔を洗って髪をとかし、当面の着替えにと渡されたサイズがぶかぶかのシャツとズボンに、これまた大急ぎで着替える。ベルトを一杯に絞って留め、余ったズボンの裾とシャツの袖をまくりながらよたよた下へと降りていくと、ジョシュアさんが「やっぱそれ、でかすぎたなぁ」と困ったように笑った。
「まぁ、俺らの服じゃ当たり前だけどな。今日は適当に好きなの買っておいで。これ、君の兄貴がウチに置いてった金なんだけど、イーシュアンに預けておくから。スリとか引ったくりとか多いからさ、この辺」
 焦げ茶色の財布を手にしたジョシュアさんの台詞には、何回も頷いて同意を示した。兄さんが残して行ったとは言うけれど、あの兄さんにそんな甲斐性があるとは思えないので、たいした金額じゃないに決まってる。それでも今のわたしには全財産だから、スリだの引ったくりだの、そんなのにあったら本当に笑えない。
 それにしても、スリだの引ったくりだのが多いなんて、此処は一体どこなんだろうと初めて思う。少なくともわたしが住んでいた、廃ビル街の裏路地ではないと思うのだけれど。
「あとはマスクが、うん、これでいいかな。じゃ、とにかくイーシュアンから離れないように。気をつけてくれよ」
 お店の出入り口だろう、曇ったガラス戸の向こうに気を取られてる間に、ジョシュアさんがどこからともなく取り出したものを受け取って首をかしげた。顔の下半分をすっぽり覆うタイプの白いマスクが、何故わたしに必要なんだろうと思っていると、首に掛けていた黒いマスクをぐいっと鼻の上まで引っ張り上げたイーシュアンが、眉間の皺を深くする。
「なに妙な顔してやがんだ?さっさと被れ。行くぞ」
 きょとんとした頭の上から、がぼっとマスクを被せられる。一瞬ツンとした匂いが鼻をついて、うッと息が詰まるのと同時に腕を引かれて、ちょうどやってきたお客さんと入れ替わりにお店を出た。
 外は、まるでごった返すような人の海だった。静かだったお店の外がこんな大通りだったなんて信じられなくて、思わず立ちすくんでぎょっとする。荷物を満載したバギーが、通行人に道を空けさせようと派手にクラクションを鳴らす音。行きかう人の話し声や足音がこれでもかと言わんばかりに耳に迫ってきて、なんだか頭がクラクラした。
 そうして立ちすくんだ瞬間に、ごうっと頭の真上からどこかのお店の排気らしい生ぬるい風が吹き付けてきて、なるほど、マスクが必要なのはこういう意味だったのか。異臭を放つそれに、慌ててイーシュアンを見習って首にかかっていたマスクを鼻先まで押し上げる。マスクについていた匂いと油臭い外気が混ざり合ってもの凄い臭いになり、涙まで出てきたのを手の甲でこすって振り返れば、今出てきたお店があるのは、建設途中で放り出されたような奇妙な形をしたビルの真下だったらしい。
 お店の前の路上に、「李商店〜Lee's grocery store〜」と下手な文字で真っ黒に焼き付けられた鉄板製の看板が置いてあって、それが店の名前のようだった。
「おい、ぼーっとしてると置いてくぜ」
 黒いコートの裾を翻し、雑踏をすり抜けるようにして早足に歩いていくイーシュアンの背中を追いかけながら見上げれば、空を覆い尽くさんばかりに頭上へと張り出した毒々しい配色の看板に、「三番街」と通りの名前が見て取れた。
 三番街は、ここで手に入らないものは何もないと言われている翅都最大の商業地区(ダウンタウン)だけれど、わたしが兄さんと住んでいた廃ビル地区のある十番街とは大分離れているから、あんまり来たことはない。道理で人が凄い筈だと思いながら、ものめずらしげにきょろきょろとあたりを観察しつつ歩くわたしを、イーシュアンは肩越しに振り返って睨んだ。
「どこの田舎モンだよテメェは。余所見して迷子になっても知らねーぞ。奴隷市に迷い込んでうっかり売られちまったって、助けになんか行かねーからな」
 何でも揃うとまで言われてるだけあって、奴隷市なんてものまであったらしい。
 悪いことをしたら人買いに売られるとか、人さらいにさらわれるとか、ここでは子供の脅し文句ではないのだ。ぎょっとして、それから大慌てでぴったりとイーシュアンの背中にはりつくと、イーシュアンは肩越しにわたしを振り返りながら、心の底からげんなりとした息を吐いた。
「田舎モンな上にガキって、救いようがねぇよな……ったく、俺は子守じゃねえんだぞ、子守じゃ!んなひっつかれたら歩きにくいだろうが!!」
 怒鳴られて振り払われたところでこの人混みじゃ、彼のどこかに捕まっていないとすぐにはぐれてしまう。
 それなのに、一体どうしろというのだろうとわたしがむっとすると、イーシュアンはやっぱりげんなりした息を吐きながら、ぐいとわたしの腕を引っ張って、しっかりと掴んだ。
「ほら、そんなに離れたくねぇならここ掴んでろ。右側に来られると、動き憎くてかなわねぇンだから……よし、いいか、きょろきょろよそ見なんかしてんじゃねえぞ。それでなくたって今日は色々やることがあんだからよ」
 有無を言わせない口調で自分の左手の袖をぐっとわたしに握らせて、ぐいぐいとわたしを引っ張って歩き出したイーシュアンは、人ごみをうまくよけて歩くとか、人の歩調に合わせて歩くとか、同伴者に対するそういう気遣いはまったくしない人だったらしい。おかげでよそ見はしなくてすんだけど、一歩進んでは人にぶつかり、角を曲がってはつまずいて、路地を一つ二つと行きすぎた頃には、わたしはもう自分がどこを歩いているのかもわからなくなってしまった。
 それでも、大通りからいくつか道を外れれば、どうやら一歩進めば人にぶつかるような人混みからは抜けたようだった。早足の、しかも大股でずっと歩かされたおかげで息が切れていたけれど、人さえ居なければ周りを見る余裕も出来る。
 改めて見渡したそこは、いかにも裏通りにふさわしい、すえた臭いのする裏寂しい路地だった。壁際に張り付くようにいくつか露店があったけれど、どれもなんだかよくわからない、壊れたがらくたのようなものばかりが置いてあって、何のお店だかはよく分からない。
 あんなものを買っていく人なんか居るんだろうか。不思議に思って見ていたら、すいっと別の横道からやって来た人が露店の前で立ち止まり、店先に並べられた品物を指さしながら店主らしい人と小声で何か相談を始めたので、どうやらお客さんが居ないわけではないようだ。
 それで、一体何を買うんだろうと思って首を伸ばして覗こうとしたら、途端にイーシュアンの拳骨がごつんと頭に落っこちてきたので、わたしは思わず頭を抱えた。
「お前、好奇心は猫を殺すって諺知らねえのか!?よそ見すんじゃねえぞって言ったばっかりだろうが!ほら、さっさと入れ!!」