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城塞都市/翅都 40days40nights

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 鬼のような形相で怒ったイーシュアンに言われて突き出されたのは、一軒のお店の前だった。看板はなかったけれど、お店の入り口らしい木製のドアの横に埃で曇ったショーウィンドウがあって、そこにもの凄く時代を感じさせる銀食器や、どっしりとした古くさい首飾りなんかが飾ってあるところを見る限り、どうやら骨董品のようなものを扱うお店のようだ。促されて握ったドアの取っ手もいかにもな感じで、びっしりと細かい蔦模様が彫刻がされたそれを手前に引くと、ドアの内側についていたのだろう呼び子の鐘が、カランと上品な音をたてる。
「あら、いらっしゃい。今日は誰が来たんだい?」
 お店の中はジョシュアさんのお店と同じように薄暗く、やっぱりちょっと埃っぽい匂いがした。
 イーシュアンに肩を押されて中に入った途端、お店の奥からちょっとしゃがれた女の人の声がして立ちすくむと、後ろ手にドアを閉めたイーシュアンが、笑いの形に目を細めながらマスクの内側でくくっと喉を鳴らした。
「誰って、俺だよ。頼んでたもんが届いたって聞いたから、わざわざ来てやったんじゃねーか」
「あぁ?俺だって、それだけ言われて分かるもんかい。もっとちゃんとお名乗りよ。お前さん、自分と同じ顔してる人間がこの世に三人も居るって自覚があんのかい?ああ、ドアはもっとちゃんと閉めておくれな。近頃また染死病が流行りだしたって噂じゃないか。まったく、何処に行くにもマスクが手放せないご時世ってなぁ、ヤなもんだねぇ」
 見渡したお店の中は、商品台の上や床の上に様々な壷や置物、時代がかった箪笥や宝石箱、水晶や宝石の原石の玉なんかが品よく置かれ、壁には色とりどりの布や古い絨毯なんかが飾ってあって、やっぱり骨董屋さんのような雰囲気だった。
 一番奥にカウンターがあって、その内側に垂れ下がっているバックヤードとの仕切らしいカーテンをまくりあげて顔を出したおばあちゃんがそんなことをぼやけば、イーシュアンはやっぱり喉をひきつらせたみたいな声をあげながら笑う。
「そこまで長生きしといてビョーキが怖いだなんて、まだこの世に未練があんのか?まったくどうしようもない因業ババァだな……つかIFN(インターフェロン)入ってんのかよ、ここ」
「出会い頭から失礼なクソガキだね。ボロ家だからってバカにすんじゃないよ。先週カートリッジを交換したばかりだから、今ならそこらへんの藪病院よりきっちり効いてるはずさ……だからほら、さっさと無粋なマスクなんざ脱いで、その小憎たらしいツラをきちんとアタシに見せるんだよ。でないとお前さんたちは誰が誰だか、さっぱり分かりゃしない」
 針金みたいに痩せている体に、とてもよく似合う。ちょっと古くさい印象の黒いドレスの裾を翻して歩いてきたおばあちゃんは、マスクを下ろしてぺこりと頭を下げたわたしのことなんか軽く無視して、わたしと同じく首もとまでマスクを下ろしたイーシュアンの顎に赤く塗った長い爪の指先をかけ、しげしげと眺めながらフンと尊大な感じに鼻を鳴らした。
 まじまじと見つめられたイーシュアンが睨むように見下ろせば、ようやく紫色の口紅で彩られた唇を納得したような笑みの形に曲げる。
「――……ふぅん。どうやら今日は、取り替えっこのお遊びはないようだねぇ?」
「取り替えっこのお遊びだなんて人聞きの悪い。あれだって俺には立派な仕事なんだからな。いつだって真剣だぜ?」
「兄弟とは言え、他人の名を語るんだからお遊びじゃないさ。ガキがハンチクなコト言ったって、面白くもなんともないんだよ、ったく……まぁいい、ブツを渡すからこっちにおいで」
 重たげな指輪がいくつもついた指で、ピンとイーシュアンの顎を弾くように跳ね上げてからきびすを返したおばあちゃんは、後ろ姿の指先だけで手招きしながらイーシュアンを呼んだ。
 分厚いマニキュアにコーティングされた爪でちょっと引っかかれて、痛かったのだろう。不機嫌な顔で弾かれた顎をさすっていたイーシュアンが、「ちょっと待ってろ」とわたしに言ってから後を追えば、おばあちゃんはカウンターの後ろにあった棚から「よっこらせ」のかけ声と一緒に、重量感のある銀色のジュラルミンケースを取り出した。
「注文はいつも通り一ダースだったね。アタシも確認したから間違いはないと思うけど、念のためちゃんと自分の目で確かめておくれよ」
「耄碌ババァの目を信用するほど落ちぶれちゃいないんでな。言われなくても確かめるさ……値段は?今回はずいぶん遅れたんで結構やきもきしたんだが」
 皮肉な口調でイーシュアンが言って、おばあちゃんがカウンターの上に置いたジュラルミンケースの蓋を開けた。
 イーシュアンの体越しにちらりと見えた中身はよくわからなかったけど、どうやら茶色い瓶のようなものがいくつか入っていたみたいだ。一つをケースの中から取り上げたイーシュアンは、瓶に貼ってあるラベルを確かめた後で丁寧にケースに戻し、蓋を締めて厳重に鍵をかける。
「そんな皮肉なこと言わんでも、値段は少し負けておくよ。バザーの準備の所為で立て込んでたとは言え、入荷が遅れて迷惑かけたのは事実だからね。そういや、ジョシュアもバザーには何か出すんだろう?ウチと品物が被らないようにしといてくれって、伝えておいてくれないかねぇ」
 喋りながらおばあちゃんはカウンターの上にあったメモ用紙に何かを走り書いて、イーシュアンに渡した。イーシュアンはそれを見てからちょっとだけ瞬きをし、次に軽く息をついて、コートの内ポケットから黒い財布を取り出す。
 そうして次の瞬間、財布から無造作に抜き出されたのは、わたしが今まで見たこともないような分厚い現金の束だった。それも一つじゃなくて二つとなれば、わたしの驚きは尚更だ。
「丁度ある。次は遅らせんなよ」
「はいはい、善処させていただきますですよ……に、してもイーシュアン。お前さんが女連れとは珍しい。なんだい、あんな別嬪なお嬢さん、どこで引っ掛けたのさ?」
 あんな高額のお金で取り引きされるものって、一体何だろう。わたしには見当もつかないけど、いずれマトモな品物じゃないことだけは確かだ。
 けれども、仮にあのジュラルミンケースの中身がマトモなものじゃないとして、それをわたしなんかの前で――……わたしみたいな第三者の目の前で堂々とやりとりなんかするだろうか。というか、何か危ないものを取り引きするつもりでここに来たのなら、普通はわたしなんかを連れては来ないのじゃないか。
 だから、ちょっとやりとりする金額が高額なだけで、これは意外にまっとうな取引なのかもしれない。見てしまったものの衝撃の大きさにそんなことをぐるぐる考えながら、カウンターの上に置かれた二つの札束をまるで何でもないことのようにやりとりするイーシュアンとおばあちゃんを呆然と眺めていると、おばあちゃんが不意にそんなことを言ってわたしに視線を向けたので、わたしはびくっと肩をすくめた。