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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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「慌てる乞食は貰いが少ない……人生そんなものだろ? 目的を達するためは、根気強く機会を伺うべきではないのか? 甘いねぇ。実に甘い」
 予想外の反応に、春江はただ黙るしかなかった。
「さあ、君ために用意したんだぞ? それとも何か? 食べるに値しないクソだと?」
「いえそんな……」
 三田は自分の料理を卑下した言葉を吐く割には不気味な笑みをこぼしていた。
「佐々木君。料理長を呼び給え」
「はい」
 と言い残すと、佐々木はそそくさと去っていった。
「え? 何故ですか?」
 ただならぬ雰囲気に、春江はすがるように聞いた。三田はその言葉に返答せずに、ただ不敵な笑みをこぼしていた。
 程なくして、料理長らしきコックの姿をしている白人男性が入ってきた。
「名は?」
「……ケニー・ボストンです……」
 ケニーはどうして呼ばれたのか分からず、ただただ怯えるだけだった。
「ケニー君」
 と言うと、三田は音を立てずにすっと立ち、そっとケニーの側まで歩いていった。ふっと微笑みながら、肩をポンポンと叩いた後、
「私に恥をかかせてくれたね」
 と言いながら、三田は手のひらから瞬時に現れた日本刀を振り降ろそうとした。
「食べますからやめてください!」
 ギリギリのところで、止められた日本刀の前には、驚愕のあまり、気絶したケニーの姿があった。三田は、その様子を満足そうに眺めると、ゆっくり春江の方へ振り返った。
「初めからそう言えばいいじゃないか」
 そう言うと、手中にあった日本刀がゆっくり消えていった。三田は、席に戻ると、春江に再度食事を勧めた。
「ケニー君が、丹精込めてつくった料理だ。遠慮なく食べ給え」
 春江は返答せず、黙々と食べ始めた。複雑な心境で食べている割には、味は確かで、思わず笑みがこぼれる美味しさだった。
「美味しいだろ?」
「はい。とても……」
 思わず本音を漏らしてしまった。
「どんな交渉も互いの歩み寄りがあってこそだ。そのためには最大限のもてなしを。ミュージック!」
 同時に指をパチリと鳴らすと、バイオリンやビオラなどの弦楽器を手にした者たちが入ってきた。春江は、それを見て胸が踊った。これから、何の演奏が始まるのだろうか。ケニーとの出来事があった直後だが、期待で一杯だった。
 バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの楽器に加え、もう一台のバイオリンで弦楽五重奏を演奏し始めた。それを春江は目を閉じてうっとりとながら聴いた。
「あ……シューベルト」
「その通り。シューベルトの弦楽五重奏。瞑想的にして壮大な音楽。彼の遺作に相応しい名曲だねぇ」
 春江は、音楽に詳しい三田に親近感を覚えつつも、ここまで丁重なもてなしを受けることに戸惑いを感じていた。
「春江君。聴き惚れてないで、料理も口にし給え。一流の音楽に、一流の料理。最高だろ?」
 春江は答えられずにいた。三田の真意を図れずにいたからである。丁度そう思った頃、三田が口火を切った。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
 三田は一瞬、鋭い目つきになって春江を見つめた。その瞬間を春江は見逃さなかった。三田が大事に話をするだろうと察した春江は、三田の話に意識を集中させた。
「折り入って頼みたいことがあってねぇ。人助けがお好きな君のことだから、了承していただけると思うがね」
 じっと春江の目を見据えながら淡々と語った。春江は、その瞳に飲み込まれそうになりながらも、逃げずに睨み返した。
「何でしょうか?」
 春江はとても不安だった。どんな話が展開されるのだろうか。少なくとも楽しい話題ではなさそうだ。様々な考えを巡らせた。
「佐々木君?」
「はい。私の方で説明させていただきます」
 三田の後方に立っていた佐々木が説明を始めた。
「この屋敷を含め、当主の全領土は、あなた方が住む世界とは違う空間です」
「違う空間?」
 春江は、「違う空間」という言葉を前に、イメージがどうしてもわかず、理解することを困難にした。
「千回詣の時、本殿の鏡を見たら、コノハナサクヤヒメの世界に入ったでしょ?」
「はい」
「外の世界とは全く違ったものだったではないですか?」
「ああ……」
 なるほどと納得しながら佐々木の言葉を聞いた。
「ある方法を使うことによって、自分の思い通りの空間を作ることができるんですよ」
 空間を作る方法……春江にとって雲の上の話だった。そんなことができるのは、天使などずば抜けている存在だけだという思いからである。まさか、自分に空間を作るように言うのではないかと心配になったのであった。佐々木はそんな春江の心配をよそに言葉を続けた。
「しかし、この空間を維持するのに莫大なエネルギーが必要なんです。常に供給し続けないと、あっという間に消えてしまいます」
 佐々木が発する言葉を理解することで必死だった。春江にとって、今語られていることは知らないことばかりだったからである。
「そうなんだよ。困ったことだ」
 三田は眉をひそめながら話に割って入ってきた。
「とは言いながらも、エネルギーそのものには困っておらん。春江君、いいものを見せてやろう」
 三田はすっと立つと、春江をドアの外に促した。春江は黙って三田の後をついていった。何を見せられるのか見当もつかない。予想できない事態にただただ不安になるしかなかった。
 三田は体を左右にゆっくり揺らしながら歩いていった。この滑らかな揺れが春江を心地よい催眠状態に導こうとしていた。三田の表情や振る舞いなど、怪しい魅力に溢れるものだった。春江ほどの意志が強い者でも溺れ、落ちてしまいそうになる。三田は存在そのものが危険なものだった。
 三田は屋敷の奥にあるひときわ大きな扉の前に立つと、振り返り、にっこり微笑んだ。
「春江君。ここだよ。入り給え」
 ゆっくり扉が開かれると、その直後から、
「あーーーー!」
「ぎゃぁー!」
「じょぎゃぶはぶほ……」
 様々な叫び声が響いてきた。春江はただならぬ状況に慌て、扉の奥にあるものを見ようとした。しかし、薄暗くて目を凝らしてもその中身を確認することができない。
「ああ、すまなかった春江君。これじゃあ見えないな。許し給え」
 と言うと、近くにあるスイッチみたいなボタンに手を伸ばした。すると、部屋に明かりが灯り、その全容が明らかになった。
 天井が高く広い部屋だった。そこはホールのような雰囲気があった。その部屋にところ狭しと霊達が縛られたまま並べられていた。しかも倉庫の棚のようになっており、霊が天井まで高く積み上げられていた。
 その霊たちにはチューブのようなものが繋げられており、そこから透明な液体が吸い上げられていた。
 霊達はピクピク痙攣しながら、悲痛な叫び声を上げている。見渡す限りそんな霊達に溢れていたため、その光景は、まさに阿鼻叫喚と呼ぶに相応しいものだった。
 春江は、ショックを受けながらもその光景を直視し、部屋の奥へ奥へと進んでいった。信じられない光景であるが故、それが現実であることを認めたくなかった。だからこそ、幻であってほしいという願いをもとに見つめているのである。しかし、見れば見るほど生々しく春江の目に映った。