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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~現世編~

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「だから私は、庄次郎様のために、いつでも命を捧げることを誓いました」
「だからって易々命を失うことは……」
「誘拐されたんです。庄次郎様を利用しようとした方達に……私の存在は庄次郎様の足枷になる……だから……だから……」
「その庄次郎様という方のためにあなたは自殺したというのですか!」
 思わず叫んでしまった。今の悲惨な待遇は、全て自殺によるもの。それすらも他者のためだったのである。
「はい。そうです」
「世の中に悲嘆したからではなく?」
「はい」
「何かに絶望したのではなく?」
「はい」
「何か不幸があったのではなく?」
「はい。全ては庄次郎様のためでした」
 やはりそうだった。自殺さえも人のためだった。でもこんな過酷な境遇に遭うとは思っていなかったはずだ。ベリーはそう思った。
「でも、こんな目に遭うとは思わなかったでしょ?こんな悲惨な目に……」
「はい。でもいいんです。後悔していません!」
 春江の目に光が差した。あの毅然とした瞳であった。
 ベリーは、真の自己犠牲にふれた気分だった。自分が罪を背負っても他者のために迷いなく進むことができる。自殺者の汚名を着てまでも人に尽くす……天使にはとてもできないこと。それを人間がやっている。
 思わずベリーは膝をつき、しまいには尻餅をついてしまった。春江はびっくりして、ベリーに手を差し伸べた。春江の手に触れたベリーは、春江の思念を読み取り、これまでの春江を取り巻く様々な風景が走馬燈のように流れてきた。
 庄次郎に対する思い。人を助けたいという確固たる思い。そのために天使を目指そうとする夢。それらが生々しく流れてくる。
 こんな素晴らしい人が、自殺者として扱われているのだ。そして、天使の多くが罪人として見下している。それでも、誰にも文句を言わず受け入れ、健気に前を向いているのである。ベリーは涙が止まらなかった。
「大丈夫ですか?」
 春江は心配になってベリーを見る。その言葉を聞いてベリーは春江を見上げた。
「はい……心配かけました。申し訳ありません」
 言いたいことはたくさんあった。でも言ってはならないと直感した。口を開けば、自分と春江の関係が崩れてしまう。思わずひれ伏してしまいそうな自分をぐっと押さえ、春江を見送るしかなかった。
「もうそろそろ時間です。課長のもとに行ってきなさい」
 いつものハキハキとした口調とは違う弱々しい言葉に心配しつつ、春江は先に進んだ。
「大丈夫ですか? 本当に行っても宜しいのでしょうか?」
「はい。心配ご無用です。私は天使ですよ。大丈夫です」
「そうですよね。失礼しました。行ってきます」
 そう言い残すと、コノハナサクヤヒメの元へ足を進めた。
 ベリーにその魂を示した春江。天使すらも心を動かすことができたのである。全てが順調だった。
 だが、そんな貴重な魂を利用とする輩も必ずいる。それが世の常である。
 神社の入り口で春江を待つ黒い影が一つ。誰からも見つかることなく佇んでいた。