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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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 窓の奥にある怒り狂っているが如く激しく降り注ぐ落葉が、庄次郎に見える。咄嗟に窓のそばまで駆け寄ると、胸の奥にうごめく偽りのない生の声が次々に溢れ出た。
「庄次郎様! この身が滅びることに何ら恐怖はありません。ただ……ただ……一度でいい。あなたのお顔を拝見したい! ただの一度でいい。あなたの声をお聞きしたい……ただの一度でいい。あなたに頬を撫でてほしい……一度でいいから……」
 春江はこらえきれない寂しさを、晴らすが如く叫び続けた。報われないと分かりながらも口が止まらない。でも、この道は自分で決めたものなのだ。こうなることも覚悟していたのである。
 ロープに首をくくらなくても誰も春江を責めないだろう。でもこれが春江が信じる庄次郎に対する愛の証なのだ。ここで死なずにいることは、庄次郎に対する愛を壊すことなのだ。命よりもこの誓いが大切だった。
 覚悟と本音との狭間で春江は揺れていた。
「あの空の向こうには庄次郎様がいる・・・・・・あの空は庄次郎様に続いている。庄次郎様を感じることができないけど、私の気持ちはきっと庄次郎さんに届いていますね?」
 見えないながらもそう思うことで、庄次郎との絆をたぐり寄せようとした。この孤独感、虚無感にくじけながらも立ち向かおうとする自分を実感することで、庄次郎への愛を再確認し、安堵する。
 極度の緊張にありながらも一方では落ち着き払った自分がいた。
 いつくもの矛盾した感覚や感情が交錯しながら春江はゆっくりロープに向かっていった。一歩一歩ゆっくりとした歩みであるが、決して後ずさりすることなく確実に歩いていく。死がもう目の前に来ている。もう後戻りはできない。体が勝手に動いているのだ。心と体が別にあり、体を別人が動かしているかのように錯覚してしまう程に、春江の精神は極限に達していた。
 心臓は、その音が聞こえてくるぐらい激しく鼓動する。手は痺れて感覚がないが、何故か震えは全くない。
 意識は明瞭だが、ゆっくりと時間が流れているように感じる。激しい耳鳴りがする。そして周りの音はサイレンのようにリフレインしていて何の音か判別できない。
 感覚が全く狂ってしまって正常に判断できない。でもロープが次第次第に近づいてくるのは鮮明に理解できた。
 ついにロープに手がかかる。首にかけるためにゆっくりと踏み台に立つ。
 時間がゆっくり流れていく。同時に思考も鈍くなった。
 静かにロープを首にかける。ためらいは全くなかった。それ故、ロープを首にかけるとすぐに踏み台を蹴ることができた。
 それまではスローモーションのようにゆっくり流れていた時間だったが、首にロープが食い込んだ瞬間、凄い速さで動いていった。
 春江の視力は失われ、目の前は暗黒に覆われた。これで命が絶えるんだと遠ざかる意識の中で実感した。最後の意識を振り絞って心の中で呟いた。
――――庄次郎様……春江は……幸せでした……
 これが城島春江、生前最後の言葉であった。
 城島春江は自ら死を選んだ。彼女は自らの人生に絶望したからではない。ましてや死ぬことにより何かに対して抗議しようとしたわけでもない。夫である庄次郎を愛するが故、死という道を選ばねばならなくなったのである。
 春江は軍人の妻として夫がいつ死ぬことになろうとも受け入れる覚悟ができていた。自らの生きる意義は庄次郎にある。庄次郎のために人生が終わることになっても悔いなし。そう思うことで春江は死を完遂する力とした。しかしそれは、死した後に何もかもが滅びるという考えによるもの。現実はそんな甘いものではない。
 気付くと目の前が真っ暗だった。死んだはずなのに、意識がある。そして、今いる場所はどこか分からない。この事実が春江を驚かせた。
 状況を把握しようと頭を働かせるが、手に入る情報は皆無だった。それが、春江を更に動揺させた。
 驚きも束の間、急に足場が抜け、凄い速さで落下していった。依然として広がる暗黒。視界が奪われているだけに、腰が抜けるような独特の感覚しか知覚できなかった。
 暫くすると、足下に直径一メートルほどの幾十の白い輪が、落下していく先を案内するかのように、配置されているのが見えた。この白い輪の中を春江は落ちていった。
 この輪は何なのか、次々にくぐり抜けていく白い輪を見ながら思案するが、初めて見るということもあり、いつまで経っても結論に至らなかった。
 春江はいい加減に落下することを食い止めようとした。まずくぐり抜けている輪をつかもうとした。
 輪にふれることはできるが、つかむことができない。輪の表面はつるつるしており、いくら手に力を入れてもつるんと滑り落ちるからである。そして春江がふれた輪は何故か激しく発光し、それに目がくらんでつかもうとする意志を減退させた。
 そうやってもがいていると、遠くから声が聞こえてきた。
「我が名は四等転生管理官、ボローニャ・ウィルヘルムである。転生管理局局長、ラファエルの名において、汝の生が終焉することを認定する。我が職務は、汝が天界に帰還するための道を示すことにある。」
 春江はいきなり聞き慣れない言葉、聞き慣れない声が、いきなり耳に飛び込んできたため、言葉が頭に入ってこない。
「あ・・・・・・ああぁ・・・・・・」
 とうめくことしかできなかった。
 ボローニャと名乗る声は更に言葉を続ける。この声は語尾が極端に上がり、とても変わったアクセントだった。そしてそこら中に響き、激しくリフレインしているのに、何を言っているのか聞き取れる。そんな不思議な声だった。
「汝はこれより、検察官による自殺審査が行われる。この審査の根拠は転生管理法第二十四条第一項にある。自殺審査とは、汝の死因が自殺によるものかどうか判別するものである。自殺審査に合格すると、汝のジュネリングが光り輝く。この光をもって天界へ通じる門であるヤコブの梯子が、汝の眼前に現れるであろう。また、ジュネリングが光り輝くのを合図として、汝の保護観察官が姿を現す。保護観察官の指導の下、天界へ帰還する準備をせよ。そして保護観察官を帯同してヤコブの梯子へ歩み出よ。天界への帰還をもって、成仏が完了したとする。汝、すべからく歩み出よ。汝の命は既に達成された」
 春江はボローニャの言葉を理解できず、聞き流すしかなかった。ただ一つ理解できたことは、自分はやはり死んだということ。死んでもなお自分が存在すること。そして何か分からないけど、まだ見ぬ世界に飛び込むことになること。
 理解できないなりに、少しでも周りの状況を知ろうと必死だった。この必死さが、庄次郎と別れたという忌まわしき事実から逃れることにつながった。
 春江はいつの間にか白い輪の中をくぐりながら落下している状態から脱していた。
 そこは灰色の空間。地面がしっかりあり、そこに春江は立っていた。地面は格子状のタイルがはってあり、その上を歩くと
――――カツン・・・・・・カツン・・・・・・
 と音が鳴った。
 暫くすると体が動かなくなった。それは見えない紐で縛られているような感じだった。
 すると四方八方から激しい光の線が春江の体に降り注いだ。その光は最初は赤であり、暫くすると黄、緑、青など様々な光に変化した。