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相撲番長

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 水田の家は俺の家と違ってかなりの金持ちで、庭付きの一軒家。便所は男専用の立ってするやつがちゃんと別にあって、糞をする方の便器には、水が小ちゃい丸い玉になってマシンガンみたいに尻の穴をマッサージする最新型のウォシュレットも付いている。一人っ子の俺と違って、水田には出来の良い兄貴が二人もいて、去年一番上の兄貴が嫁さんを貰って子供が生まれた。出来の悪い不良息子よりも真面目な長男と可愛い孫を手元に置いておきたかった水田の親は、庭の隅っこに馬鹿息子用のプレハブを建てた。その所為で元々悪かった三男はどんどんグレまくり、当然の如くプレハブの中は不良の溜まり場になった。そしてそこが、今日、俺の乱交デビューの舞台になるのだ。最高。
 携帯を掴んでマッハでメールを開くと、予想通り明日香からだ。<ちょっとだけ遅れるけど平気? 3時には行けるから てか水田さんちどこ? 明日香わかんないから木島さん北口迎えに来てくれる?>という内容が、馬鹿丸出しのギャル文字で書いてある。俺はすぐに<いいよ じゃあ3時に北口のスタバ前で>と敢えてそっけない返事を送り、その後、入念に歯を磨きまくった。そう言えばラブシーンの前、俳優は必ず歯を磨くってテレビで言ってたな。分かるよ、今俺、その気持ち。吐き出した歯磨き粉が、歯茎から出た血でピンク色。所々に、焼きそばの青海苔。
 物心ついたときから家にあるクレヨンしんちゃんの目覚まし時計が、二時を指している。俺の家から駅までは、歩いて五分。元々五分遅れで行こうと思っていたから、家を出るのは三時ちょうどでオーケーだ。となると、あと一時間。まだけっこうある。鏡を何度も見て、昨日自分でブリーチしたばっかしの髪を何回も直した。毛先の撥ね具合がこれ以上無いくらい完璧に決まると、今度は体が気になってきて、シャツのボタン全開で腹筋をチェック。そう言えば最近全然鍛えてないなあ。と思うや否や腹筋を百回、序でに腕立てを百回やったら燃えて来て、さらにおまけの腹筋五十回。割れた腹筋に満足していると、髪型が崩れているのに気が付いて、また修正。あ。汗臭いかも。と気になりだして濡れタオルで腋や腹をゴシゴシやり、肝心な所を忘れていたとちんちんを拭いたらまた勃起。何やってんだよ、俺。と呆れている内に三時になった。やべぇ。何かちょっとどきどきして来たかも。
 ドンキ・ホーテで買ったお気に入りのビニール雪駄を履いて家を出ると、猛暑。ワックスだらけの頭から、一気に汗をかいた。おまけに俺は子供の時から緊張するとやたら汗をかく。体は水分を外に出そうと張り切っているのに、何故か喉はカラカラだ。一方、股間は大胆で小さなテントを張っている。人間の身体は、本当に不思議で無駄だらけだ。喉から汗をかけば、取り敢えず一つは解決するのに。
 線路沿いの道。高架下の日陰を歩いていると、頭の上を電車が追い抜いて行った。鉄を擦るブレーキの音が携帯の着信音に聞こえて、俺は念の為、二つ折りの電話を開いた。着信はやっぱり気の所為だったけど、三時過ぎになる事をまだ水田に伝えていなかった事を思い出して、駅の直前で立ち止まった。都合良く目の前にレンタルビデオ屋があり、冷房の効いた店内で、水田に電話する。俺の動きには無駄が無い。冷房で汗も引くし友達への電話で心も落ち着く。きっと。
「あ、俺。あいつら何かちょっと遅れるとか言って来て、三時過ぎに駅で拾ってからお前ん家行くからさあ。多分三時半ごろんなるわ」
「あ、そ。わかった、じゃあな」
「おう」
 会話、以上。喉、カラカラのまま。ほぼ、効果なし。
 煙草を銜えて火を点けた。アスファルトの上に路上喫煙禁止のマーク。五メートルおきにしつこく貼ってあるけど、知るかそんなもん。指導員のおっさんに見付かっても、ダッシュで逃げれば余裕で平気だ。もし俺より足の速いおっさんがいたら、そいつは指導員じゃ無くて、警備員をやっているだろう。俺は空いた方の手をポケットに突っ込み、蟹股になる。
 見えた。
 スタバの前に女が二人、退屈そうに携帯を弄っている。明日香は赤と緑のタンクトップを重ね着していて、愛は豹柄の安っぽいワンピース姿だ。友達同士は似ると言うが、二人共、ガングロに白っぽい口紅を塗って同じような色に髪を染めている。ちょっと差があるとすれば、明日香はブラをする意味が無いくらいの貧乳でスリム系、愛はややぽっちゃりしている分それなりに胸もある。俺はどちらかと言えば愛の方に興味があるが、四人で遊ぶ訳だから後になるか先になるかの話で大した問題じゃない。てな想像をしている内に斜め上を向いて来た息子と平行になるように、上半身だけをスキージャンプの選手みたいに前傾にして、俺はシブイ猫背を装った。ぷはぁーっ、と格好良く煙草の煙を吐こうとしたら、乾いた唇にフィルターがくっ付いて格好悪かった。でもセーフ。あいつらまだ、俺に気付いて無いもんね。




「わりい。待った?」
「全然、ハハ」
「じゃ、行くか」
 予め決めていた第一声を吐いて背中を向けるとパチンと携帯を閉じる音がして、二人が後ろを付いて来る気配を感じた。期待と緊張で心臓がどきどきしてるけど、まあまあ上出来と言えるだろう。俺は態とだるそうに歩き、女慣れした男を演じた。
「ねえ。木島くんさあ。二中のニシキって知ってる?」
 貧乳の明日香が真横に並んで、俺の顔を覗き込んだ。小ちゃい目を少しでも大きく見せようと、矢鱈太いアイラインを入れている。体育の授業後の女子更衣室から漂って来る甘いような酸っぱいような匂いと同じ香りが、ぷんと鼻の奥を刺激した。多分、腋にシューっとやる、あれの匂いだ。
「知ってるよ。錦戸だろ」
「仲良いの?」
「別に。でもこの辺の中学の不良だったら俺達だいたい知ってるよ」
「えーほんと?」
 愛の方を振り向き、明日香は歯茎丸出しでニッと笑った。ぽっちゃりの愛は照れたように下を向き、焦げ茶色の顔を幾分赤らめている。
「愛さあ、なんかこの前ニコプラで偶然見て惚れちゃったみたいでさあ。紹介してあげてよ」
「は? まあ、別にいいよ。今度な」
 ニコプラと言うのは数年前、俺達の住んでいる街からチャリンコで十五分ぐらいの郊外に突如として出来た、でかいスーパーと電気屋とユニクロと靴屋とおもちゃ屋と本屋と映画館とゲーセンとレストランと打ちっ放しのゴルフ練習場とスポーツクラブと県立の美術館とコンサートホールが一緒になった、もう何でもありの巨大な商業施設、ニコニコプラザの略で、朝から晩まで丸一日ぶらぶらしても飽きないように作られた、市民の憩いの場みたいな所だ。出来た当初は、都心並みに便利になったとみんな大喜びしていたけど、俺は最初から、こんなものが建つのは田舎の証拠だと思っていた。因に俺は、数える程しか行った事が無い。学区外をうろつくのは、それなりの覚悟がないと、危険だからだ。
「やった。よかったね、愛」
「うん」
作品名:相撲番長 作家名:新宿鮭