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ふたりの言葉が届く距離

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 第2章



 柔らかな笑顔が印象的な女性だった。
 大学の成績なんて気にしない人の方が多いけど、彼女は学業も優秀でテスト間際になると多くの友人からノートのコピーを頼まれていた。
 俺は同じ文学部だったが、そのノートは必要なかったし、正直言うと彼女の笑顔はあまり好きになれなかったから一度も話したことはなかった。

 その印象が変わったのは、長い夏休みの少し前。
 人もまばらな学食隅の喫煙コーナーで煙草を吸っている姿を見かけた時。
 別に煙草を吸う女が珍しかったわけじゃない。ただ、これまで見てきた彼女のイメージには合わなかったし、虚空を眺めている冷めた視線が気になった。

「阿部くん?」
 俺の存在に気づいた彼女がこちらを見て笑みを浮かべる。
 それは彼女が普段見せてきたものとは違う、少し子供じみた悪意を含んだものだった。
「……俺の名前知ってんだ?」
「うん。ちょっと気になっていたからね。出回っているノートのコピー元はほとんど私か君でしょ?」
「それは言い過ぎだろ」
「あはは、やっぱり細かいトコ気にするね」

 彼女――白井麻由美が俺に見せつけるように煙を吐き出す。

「阿部くんは煙草吸わないの?」
「そうだな。吸ったことはない」

「俺もお前もまだ未成年だろ」とは言わない。

「健康に悪いから?」
「いや、別に。吸いたいと思ったことがないだけだよ」

「麻由美」

 不意に後ろから聞こえてきた声に振り向くと、見たことのある顔の女が立っていた。無造作な感じでカットされた髪は今時の流行りなのかなと思う。
彼女も文学部だった筈だけど名前は覚えていない。たぶん授業をかなりサボっているんだろう。姿を見た時はたいてい白井麻由美の隣に座っていたような気がする。
 白井を見つめていた視線が俺の方向へ移動し、敵意を帯びた。

「理奈、今日はもう終わり?」
「うん。書きたい所まで書けたから」
「じゃあ帰ろっか」
 煙草を灰皿に押しつけた白井が俺を見る。
「じゃあね、阿部くん」

 遠ざかっていく彼女達の背中。
 俺も踵を返そうとした時、白井の声が聞こえた。

「ねえッ、これからカラオケ行くんだけど、阿部くんも行かない?」

 そこにあった笑顔と不満顔のコントラストが面白くて、つい考えも無しに答えてしまう。

「いいよ」

 それが白井麻由美と北沢理奈との最初の接点だった。