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ふたりの言葉が届く距離

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 カラオケ以降、白井は頻繁に話しかけてくるようになり、夏休みに入るとバイト以外の時間は彼女達と一緒にいることが多くなっていく。
 最初はなかなか俺という存在を認めようとしなかった理奈とも次第に話をするようになり、夏休みが終わる頃には彼女が書いた小説を読ませて貰えるまでになった。

 かなりの読書家を自負する俺でも彼女の小説は理解し切れない部分がある。感想を言いたいが為に何度も何度も読み返したが、特殊な振動で心に響いてきたものを自分の言葉として表現できない。

「何が面白いのか全然分からないでしょ?」

 白井のそんな冗談めいた問いに対して上手く答えられず、理奈の機嫌を損ねてしまうこともあった。

 夏休みが終わっても俺達の関係は続いていく。
 理奈は独りで執筆をしていることが多かったし、俺と白井はそれぞれ別の友人グループにも所属していたが、三人でいる時間を一番大切にしていたと思う。

 そして、大学生活が後半に差し掛かった頃、俺は告白をする。
 自分からするのは生まれて初めてだった。

「ゴメンね、君とは付き合えない」

 そんな言葉で俺は白井麻由美にフラれた。
 彼女が俺に求めていた役割は彼氏ではなく、友達だったのだろう。

 白井が同じサークルの男と交際していると聞いたのは、それから少し経ってからだった。卒業後間もなく彼女が結婚することになる男だ。
 付き合い始めたのが俺の告白前なのか後なのかは今でも分からない。

 俺が何かと理由をつけて彼女達から距離を取るようになっても、白井は何も言わなかった。
 
 しかし、気がつくと俺の傍には理奈がいた。

「最近、麻由美の付き合いが悪いから」

 そう言って、いつも俺の前に現われた。

 俺と理奈の間に告白の言葉めいたものは無かったと思う。
 記憶に残っているのは、大学の図書館の隅で彼女と交わした初めてのキス。
 話している最中だった彼女の唇を突然に奪った。周囲に人影が見当たらなかったとはいえ、普段の俺なら考えられない行為。しかし、舌を絡ませて麻薬のような甘美な刺激を味わい、気がついた時には脳髄が芯まで痺れていた。
 抵抗しない彼女を押し倒し、そのまま突き進んでいかなかったのは、僅かに残っていた理性が起こした奇跡だったと思う。
 そのまま俺は彼女を連れて帰り、一週間ほど大学を休み、恋人となった。

 初めからそうなることが決まっていたかのように、何の迷いもなかった。

 他の女と比べて理奈の何が優れているのかは分からない。
 彼女より綺麗だったり優しかったり可愛かったり賢かったりする女性は、他にいくらでもいるのだろう。だが、もはやそんな事実は何の意味も持っていない。

 彼女の姿が見えないだけで息苦しさを感じる。
 俺の姿を見つけた時の嬉しそうな顔が堪らなく愛おしい。
 出来得ることなら、ずっと抱き締め続けていたかった。

 理性の範疇に無いこの感情こそが恋ならば、それはあまりにも清らかで野蛮過ぎる。

 
 結婚式で白井が放ったブーケを理奈が受け取り、「次はあなた達の番ね」と言われ、俺と理奈は笑顔で応えた。

 理奈のいない未来など想像できない。
 きっと彼女も同じだろうと思っている。

 そう信じている。