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八国ノ天

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第五章 釣浮草と都忘れ



    1

 狗奴国を去ってから三年。
 木沙羅とキアラは綾羅木国の西蔵の屋敷に身をよせていた。
 木沙羅は三年前までヒムカ国と狗奴国を除いて、外に出たことがなく、綾羅木国や村久野国で木沙羅の顔を知る者は西蔵しかいなかった。当然、キアラのことも誰も知らない。
 木沙羅の父、故ヒムカ国王の月森と親交のあった西蔵は賓客として迎えた。彼らの素生を知っているのは王とわずかばかりの側近だけである。誰もが皆、木沙羅とキアラをどこかの貴族の兄妹と見ていた。
 木沙羅はこの三年間、伊都国に自分の居場所がばれないよう慎重に、佳世の行方を追っていた。
 佳世の捜索以外にも木沙羅とキアラにはやるべき事があった。ヒムカ国の再建とカムイ『太陽』の復活である。
 そのためにも伊都国に勘づかれないよう、力を蓄える必要があった。伊都の支配から逃れ、野に下っていた武将や兵士もわずかだが集まって来ている。その他、外部協力者も現れはじめていた。
 木沙羅とキアラは水面に波紋を立てないように湖底で静かに力を蓄え、時機をうかがっていた。

 一方、雛国とヒムカ国、狗奴国の三国を手に入れた伊都国の道のりは、決して平坦なものではなかった。
 隣国との領有権の争い、国内での反乱が絶えなかった。特に旧ヒムカ国領の抵抗は激しかった。ヒムカの民は、王女がどこかで生きていて、いつか戻ってくると信じていた。小規模ながらも頻繁に起こる反乱は、国全体を乱す元凶となる。伊都国の王ニニギはその事を熟知していた。
 国内情勢もさることながら、ニニギは予見もしていた。ここまで版図が広がり国が繁栄していけば、制裁者による粛清が行われる、と。日ごとに輝きを増す紅い月が、それを物語っていた。
 明道記によれば、粛清が近くなると月が紅く染まるとある。それまでに、より強大な力を手に入れなければならなかった。
 これら問題を解決するために、最もニニギが欲しているもの――それは創生ノ書だった。太陽ノ鍵があと一つ揃えば、創生ノ書を手に入れることができる。
 その鍵を持っているのは木沙羅だった。三年前、太陽の社で木沙羅は四つあるうちの一つを奪い、行方をくらましていた。
 ニニギは太陽ノ鍵とその保持者である木沙羅の捜索の手を緩めることはなかった。ニニギは八国だけでなく、長州五国から西都の方まで間者を放っていた。あとは水面に波紋が立つのをじっと待つだけだった。
 そして、ニニギはついに波紋を目にする。貴重な手がかりだった。今までにも幾度となくそれらしき情報はあったが、どれも木沙羅発見までには至らなかった。
 ――木沙羅は綾羅木国にいる。あとはどうやって、綾羅木国から木沙羅を連れ出すか。問題は村久野国だ。陸から綾羅木国へ行くには村久野国を通らなければならない。
 ――海から攻める手もあるが、厄介なことに綾羅木国と村久野国は同盟を結んでいる。
 どちらも小国とはいえ、今の伊都の兵力で攻め込むわけにはいかなかった。反乱や紛争、粛清にも備えなければならない。
 しかし、ニニギは今が動く時であると確信していた。今年は綾羅木国と村久野国が同盟を結んで三〇年を迎える。その三〇周年を祝って、国をあげての祝賀祭が関門海峡で盛大に開かれようとしていた。
 木沙羅は祝賀祭に必ず姿を現す。この時を逃してはならない――ニニギはある決断を下した。

    2

 綾羅木国と村久野国を結ぶ綾村大橋の道幅は五〇メートルほどで、露店がところ狭しと立ち並び、多くの人で賑わっていた。鬼の子や天狗の子たちが小さな翼をぱたぱたさせながら、風車を手にして走り去って行く。
「う〜ん……」
 木沙羅は青空に向けて腕を伸ばしながら背伸びした。
「ふぅ、気持ちいい〜。晴れて良かったね、キアラ」
「そうだね」
 雑踏の中、一五歳の木沙羅は暖かな陽光を全身に浴びながら、小さなえくぼを作って微笑んでいた。
「木沙羅さま。今日はたくさん楽しんでください」
 少し後ろから西蔵は言った。西蔵の後ろには二人の護衛が歩いている。
 はい、と返事すると、木沙羅はにやけながら頭の飾りを触る。
「気に入った?」キアラは言った。
「うん。でも、すごいね。キアラはこんなに可愛い女の子の服も作れるんだね。さっきから、みんなに見られてるようで少し恥ずかしいけど」
 キアラは苦笑いした。
「すごく似合ってるよ。昔はそういった感じの服もあってね。色々な国の文化が混ざって作られたものって言えばいいかな」
 頭にヘッドドレス、上は藍色の下地に白い百合の花をあしらった着物に平帯を巻き、下は黒いロングスカート、後ろを向くと帯が蝶のように羽を広げ、青い帯飾りの紐が個性を強調していた。
「しかし、本当にキアラさまには感服いたしますな。キアラさまのおかげで、我々の暮らしもだいぶ変わり民も喜んでおります」
「そうそう、菜種油に提灯、行灯でしょ。それと……」
 嬉しそうに、
「"あいすくりーむ"とか。"けーき"とか」
「アイスクリームやケーキはどちらかというと、木沙羅だけだね。みんなが食べられるようになるのは、まだ先かな。それほどたくさん作れないし、高価だしね」
「え? そうなんだ」木沙羅は少し申し訳なさそうな寂しい表情を見せた。
 西蔵はキアラと顔を見合わせてから、元気づけるように言った。
「ですが今日は心配いりませんぞ。実は民の皆にも食べてもらおうと思い、茶屋を用意しました。今も城や私どもの屋敷で料理人が作っていますれば、いくつでも食べられても平気かと」
「そうなの?」目が輝く。
「ほら、向こうに見えるあの店だよ」
 キアラは村久野国の方を指しながら、考えていた。自分がこの世界でやるべきこと――カムイとしての役割を――。
 この世界に住みついてから三年――わかったことがある。すべてに当てはまるわけではないが、この時代の人々の暮らしは奈良〜平安時代に近い。しかし驚くべきことに、衣食住から和製英語といった言葉にいたるまで、外来文化の多くは失われていた。
 人間と人工種の割合は国や地域にもよるが、おおよそ八対二。人種の割合は三五〇〇年前と変わっていないようで、十人中二人が日本人以外という感じだ。
 上下水道に関しては旧時代の公共施設を利用している所もあるが、それは稀であり真水の摂取は井戸が主流であった。電気、ガス、冷蔵庫、洗濯機、コンピュータ、ロボット、車もない。朝は夜明けとともに起床し洗濯は一日かかる。庶民にとって蝋燭は高価だ。だから、夜遅くまで起きているようなこともなかった。
 今の生活に慣れてきたとはいえ、やはり不便を感じる所は多い。そこでキアラはこの時代のバランスを崩さないよう、生活に役立ちそうな技術や知識を提供しようと考え実践してきた。
 たとえば、木沙羅が言っていた菜種油。江戸時代に登場した菜種油は蝋燭よりも安く、提灯や行灯とともに今や綾羅木国はじめ周辺諸国にも広まっていた。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛