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八国ノ天

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 遠のく足音を背に、ヨミは再び布団の中へ潜り込んでいた。
 背を丸めナオの袖をぎゅっと掴み、顔をナオの胸に埋める。
「今度は一緒に……走れるよね」
 ヨミは瞳を静かに閉じた。

 朝靄と陽光の中、小鳥たちが一日の始まりを告げていた。
 明障子から差し込む白く淡い光――。
 光が微笑む二人の少女を優しく包んでいた。
 二人の周りだけ、時が止まってしまったようだった。

    11

 木霊は今、狐狸の里を流れる川の岸辺に立っていた。
 ナオとヨミ、木霊の三人で一緒に雛人形を流そう、と約束した場所。

 朧村を離れてから二日になる。
「きっとナオを追ってヨミも、その丸薬を飲んだのだろう」と、大婆は言っていた。
 木霊は仮面の中で目を閉じた。
 さらさらと流れる水の音が木霊に語りかけてくる。
 ナオとヨミは互いに微笑みながら――今にも本当に瞳を開けて笑い出しそうだった。
 最後にヨミと顔を合わせた時、ヨミは泣いていた。
 どうしてあの時、彼女が泣いていた意味を汲み取ろうとしなかったのか、その事が悔やまれる。
 もし、目の前にいたのがヨミでなく木沙羅さまだったら……。
 水の音は消えていた。
 木霊は口元をぎゅっと結び、右手に力を入れていた。
 手の中には、ヨミが作った紙の雛人形が三体ある。人形の右手首からは赤い紐が垂れ下がっていた。
 木霊は両膝を地面につけ、正座するようにしゃがむと、人形を地面に並べ順番に赤い紐を取り外していく。

 最期は二人とも笑っていたが、どことなく悲しそうにも見えた。 
 三体から赤い紐を取り外し終えると、人形を見つめながら、木霊は二人に話しかけるように口を開いた。
「ナオ、ヨミ。私にもあなた達と同じように大切な人がいます。戦乱の中、はぐれてしまったけど、今もどこかで生きている。私はそう信じています」
 まるで自分の気持ちを整理するように、木霊は話しを続けた。
 初めて出会った時から、木沙羅と自分の姿を二人に重ねていた。確かに最初のきっかけは二人の曲芸ではあったが、振り返ってみれば興味を持ったのは、そこでは無かった。
 笑顔と瞳――。
 お互いを信頼し、笑い合う姿に木霊は惹かれた。そこに木沙羅と自分が立っていた。
 二人はいつも一緒だった。
 ナオとヨミはただ、静かに暮らしていくことを望んでいた。
 結局、その願いは叶わなかったのか、それとも叶ったのか……あの部屋の中で、二人は悲しそうに笑っていた。それが、彼女たちの行き着いたところ。
 木霊はその事に対して、何も言わない。
 木霊は人形を手に取り、静かに立ち上がった。
 そして、人形を水面に浮かべる。
「ヨミ、笛をまた聞きたいって言ってましたよね。だけど、ごめんなさい。今の私ではもう、聞かせることができないから……」
 木霊は、頭巾に手をかけ顔を顕にする。
 青空の下、腰のあたりまで落ちた金色の髪が、風になびいていた。
 木霊は歌っていた。故郷の歌だ。
 川の流れに沿って三体の雛人形が、木霊の目の前から離れて行く。

 歌い終わった時、木霊の視界に雛人形は映っていなかった。
「さようなら。ナオ、ヨミ」
 そう言って、木霊は後ろ髪を右肩から前へ持ってくると、再び頭巾で顔を覆う。髪は右肩から流れ落ちたままだ。
 木霊は岸に背を向け、歩き出した。
 少し離れた所で荷馬車と一緒に、皆が立っていた。
「もう、いいのか?」
 手綱を握りながら、官兵衛は言った。
「はい」
 木霊はそのまま、官兵衛の隣に並び、一行は次の場所へと歩き始めた。

 紅葉に染まった山肌に、旧時代の遺物が所々に見え隠れしている。
 ずっと黙っている木霊に、官兵衛は声をかけた。
「木霊」
「はい……」
 木霊は振り向くことなく、拳を握り締め顔を伏せていた。考え事をしている時の仕草だ。
 隣で歩いている木霊の頭巾から目を離すと、官兵衛は前を見ながら力強く言った。
「お前たちは違う」
「え?」
「木沙羅には、ぜったい会える。笑顔でな。また笑って一緒に暮らすんだろ?」
 今度は二人とも顔を合わせていた。
「だから、いつまでそんな顔をしているつもりだ? 元気出せ」
 木霊は青空を仰ぐと、大きく息を吸い込み、
「空……、まだこんなに明るかったんですね」
 そして、官兵衛の顔を見上げ、
「早く、次の場所へ行きましょう!」元気よく答えた。
 官兵衛も、ああ、と笑顔で返す。
 と、その時。
「へぇ、官兵衛が珍しく気配りできた」
 官兵衛は声のした方へと顔を振り向ける。
 声の主は官兵衛のすぐ後ろで、にやっと笑っていた――十真だ。その隣で、十夜が翼をぱたぱたとさせている。
「な、いつの間に……」
 官兵衛がそう言うや、これもまたいつからそこにいたのか、木霊の右横で櫛が目を細めながら、
「本当、珍しいわね。いつもこんな風だといいんだけど」
「でも、今回は六〇点といったところかしら」
 十夜が続けて評価を下す。
「何だと!」官兵衛が唸り始める。
 またいつものが始まった。木霊はハラハラしながら事の成り行きを見守っていたが、同時に安心している自分に気が付いてもいた。
 こんな自分をここまで深く受け入れ、悲しい時は一緒に泣き、楽しい時は一緒に笑ってくれる。
 日を追うごとに、皆のことを好きになっていく自分がいる。だけど、それは自分に限ったことでは無い。皆もきっと同じ気持なんだろう。皆がお互いを信じている。
 そう考えていると、顔に出てしまっていたのだろうか、隣で騒いでいる三人をよそに、櫛が木霊の顔を覗き込んで、
「木霊、嬉しそうね。本当に元気になって良かった」
「はい。櫛さんも皆さんも、ありがとうございます」
「ふふっ、きっと今頃、木沙羅王女もあなたと同じ気持ちで、この空を見ているのでしょうね」
(櫛さんの言うとおりだ。木沙羅さまもきっと――)
 木霊は、青く染まった空をいつまでも見ていた。

作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛