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北極星が動く日

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 夏の府大会準決勝が終了して家へと戻った茂樹は、玄関にバッグを置くと、そのまま座り込んだ。重かったバッグが無くなり、久しぶりに座ったため、非常に体が楽になったように感じた。
「おかえり」
 先に球場から帰っていた母親の声がリビングから聞こえる。茂樹は試合終了後、チームメート達としばらく球場に残って喜び合ってから帰ってきたため、両親よりも帰るのが遅れたのだ。
 ただいま、と彼は声を張るがその場から動かない。最寄り駅から自転車で帰ってきたのだが、家の前にある上り坂で体力を奪われてしまった。いつもなら問題は無いが、夏で試合の直後ということも影響していた。
「どうしたの、そんなところで」
「ちょっと疲れただけや。シャワー浴びてくる」
 心配になってか玄関まで来た母親に茂樹はそう言うと、バッグから今日使用した試合用のユニフォームを取り出す。そしてゆっくりと立ち上がり、彼は脱衣所へ向かった。
 プラスチック製のたらいの中にユニフォームを入れ、それを浴室へと入れる。明日も試合があるため早いうちに洗濯しておく必要があるのだ。
 着ていた制服を脱いで自分も浴室へ入ると、彼はまずたらいの中にお湯を入れる。そしてしばらく浸けると取り出した。
 洗剤を使用しながらたわしで汚れた箇所をこすると、土によって黒くなっていた部分もその色が消えていく。力を必要とする作業のため今の疲れた体では非常に厳しいが、やらないわけにはいかないので我慢してこすり続ける。およそ5分ほどで、ある程度の汚れは全て落ちた。
 たらいから汚れたお湯を流し、湯船からきれいなお湯を再びたらいの中に入れる。しばらくユニフォームをその中で揉んでいると、お湯はまた汚れたのでもう1度流す。それを2回繰り返すと、綺麗なお湯の中でユニフォームを揉んでもあまり汚れなくなった。それを確認して、茂樹はお湯を再度流すとユニフォームが入っているたらいを浴室の外に出した。
「やっと終わった……」
 つい呟いてしまう。両親がいつも行っている家事の大変さとは比べものにならないが、それでもこの作業は彼にとってかなりの重労働だっだ。
 気づけば額には汗が浮かんでいる。彼はすぐにシャワーを頭から浴びた。
 茂樹が浴室から出ると、脱衣所にはジャージが置かれていた。おそらく母親が置いてくれたのだろう。その優しさに彼は感謝しながら、バスタオルで体を拭いて、用意されているジャージに着替えた。
 玄関に置いたままだったバッグから、今日の試合で使用したグローブとスパイクだけを出して、残ったバッグを自分の部屋へと持っていく。出した2つは後で手入れする必要があるからだ。そしてすぐに部屋からリビングへ戻った。
「おう、お疲れ。明日の相手はどこだったっけ」
 テレビで競馬中継を見ていた父親が声をかけてきた。茂樹は冷蔵庫から果汁100パーセントのオレンジジュースを取り出しながら、双葉と答える。
「私立の双葉高校や。今日の第一試合で西出町に3対1で勝った。投手は右のアンダーで、西出町の打者はそれに苦戦してたな」
「よく調べてるな。ま、明日勝てば甲子園やし頑張れよ」
 父親の言葉に、茂樹はコップに入れたオレンジジュースを飲みながら頷いた。
 双葉高校は創立2年目の歴史が浅い高校だったはずだ。去年の夏は初戦で敗退している。
 オレンジジュースを飲み終わった茂樹は、コップを洗うと玄関へ向かった。グローブとスパイクの手入れをするためだ。
「明日勝てば甲子園か……」
 自然と笑みがこぼれる。彼は今まで1度も甲子園のベンチに入ったことがなかった。やはり楽しみだ。
「待ってろ甲子園、待ってろ成沢学院!」
 気合いを入れるために、彼はリビングまで聞こえないよう小さく叫ぶ。
 そのとき玄関のドアが開いて姉が帰ってきた。茂樹の叫びを聞いてしまったのだろう。彼女は哀れむような視線で彼を見てくる。それに対し彼は苦笑いしながらおかえり、と言った。
作品名:北極星が動く日 作家名:スチール