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北極星が動く日

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 スコアボード上に赤いランプが1つ灯る。9回裏、丹染高校の先頭打者はセカンドゴロに倒れていた。
「まだ終わってないぞ! 泣くな!」
 キャプテンである修平がベンチ内で叫ぶ。彼の言うとおり、丹染高校のメンバーはほとんどが目に涙を溜めていた。茂樹も同じだ。しかし修平自身も泣いている。
「あと499回、お願いしとけば良かったなあ……」
「え?」松本の言葉が理解できなくて茂樹は聞き返した。いつの間にか、松本の目にも涙が浮かんでいる。
「ほら、初詣行ったときに俺は500円を賽銭箱に入れたやろ? あのとき1回しか、全国制覇できますようにって言ってないことに気づいてさ。あと499回同じこと言っておけばよかった……」
 彼のこういう弱音を聞くのは初めてだった。そのため、茂樹は松本に何を言ったらいいのか分からず、2人の間に沈黙が流れた。
 しかしその沈黙を破るかのように、スタンドから大きな歓声が聞こえた。2番打者の郡山がセンター前へ安打を放ったのだ。丹染ベンチも盛り上がる。
「ナイスバッティング!」
「続け、隼人!」
 ベンチ内の選手がそれぞれ声を張る。茂樹が松本の方を見ると、彼は今までにないくらい顔を赤くして声を出していた。茂樹も、明日以降は一切声が出せなくなるのではないかと思うくらい必死に声を出す。
 3番打者である香坂に対する初球で、1塁ランナーの郡山がスタートをきった。完全に投手のモーションを盗んだ盗塁で、彼の俊足も活かされ彼は2塁ベースへと達した。
「ナイスラン、信也!」
 西京極球場全体が、今日1番の盛り上がりを見せる。打者の香坂はチャンスに強い。得点圏打率は5割以上を誇っている。
 2球目に香坂のバットが動いた。直後に甲高い金属音が鳴り響く。
 相手投手が球場の雰囲気に呑まれたのか、それとも香坂が力を発揮したのかは、横から見ていて投球のコースが分からなかった茂樹には判断できなかったが、おそらく真芯で捉えられた打球は、相手投手の左をライナーで通り過ぎた。
 スタンドから歓声が聞こえる。丹染ベンチでも全員が歓喜の声をあげた。
 刹那、双葉の二塁手が横に飛ぶ。勢いよく走っていた白球は、彼のグラブによってその動きを止められた。
 スタンドから聞こえていた歓声がため息に変わる。
 スタートを切りかけていた郡山が、慌てて2塁ベースに戻ろうとしているのが見えた。しかし、地面に落ちた相手二塁手の手にはめられているグラブは、2塁ベースの真上にあった。郡山はまだベースに戻っていない。
「アウト!」
 双葉ベンチから歓声が聞こえたとともに、選手が勢いよく出てくる。逆に丹染のベンチからは誰も出て行かない。茂樹はその場に座り込んだ。
「行こう……」修平の声が聞こえる。「負けたんや、俺たちは」
 その声を聞いても誰1人ベンチから出ようとしない。声の主である修平ですら出る気配がない。
「悪い……。ライナーバックって分かってたのに、俺、焦って……」
「気にするな」
 ベンチに戻ってきて泣きながら言う郡山に、監督はそう声をかける。
「でも……」
「気にするな」彼は再び同じ言葉を言う。「さあ、早く並びにいけ。お前達は名門丹染高校の選手だぞ。負けた後くらい格好良くしろ」
 その言葉に、茂樹は涙を拭って立ち上がった。こみ上げてくる涙を堪えながら駆け足で並びにいく。彼の隣には修平がいた。彼も茂樹と同じことを思っているのだろう。
 それからすぐに、丹染高校の選手全員が本塁ベースの横に並び終わった。
 茂樹がスコアボードを見ると、17個目のたこ焼きが追加されていた。
作品名:北極星が動く日 作家名:スチール