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北極星が動く日

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 1月2日に新年最初の練習が行われた。冬休みとして、大晦日である12月31日の午後と元日は休みだった。そのため最初の練習とはいっても、学校近くの神社へ初詣に行くというものだった。
 朝の7時に学校へ全員が集まり神社へと走る。神社の境内に行くためには、約100段の階段を上らなければいけない。
 階段の1番下まで行くと、2人ずつダッシュで階段を上る。そして全員が上り終わると再び階段を下りて学校へと走り、校門まで行くとまた神社へ走る。
 それを5回繰り返して境内に着いたときには、全員ヘトヘトになっていた。毎年行われているもののために1度味わっている茂樹でさえ、足が震えて歩くのすらキツくなっていた。
「よし、全員小銭を用意しろ」
 監督の言葉で、ポケットから持ってきた5円玉を取り出した。ご縁がありますようにという意味を込めたわけではないが、安くて縁起も良いため茂樹は毎年、初詣には5円玉を持っていっている。
「お前100円かよ」
「嘘、マジで?」
 1年生の集団から声が聞こえた。次第にその声は大きくなる。連鎖反応のように人が集まっていくからだ。茂樹もその集団を見にいった。
 彼らが言っている意味はすぐに分かった。1人の1年生が賽銭用の小銭に100円玉を持ってきていたのだ。彼の手には銀色が光っている。多くの者は5円玉の金色か10円玉の銅色だったので、それは珍しかった。
 金持ち、と彼を茶化す声があちらこちらから聞こえる。少し照れながら必死に弁解しようとする彼の姿は、少し印象的だった。
 金持ちと茶化されながら言われるとあまり良い気分にはならないかもしれないが、否定する必要も無い。彼にとっては、この初詣に100円の価値があると判断したのだろう。
 もちろん、金持ちではなくても100円玉を持ってくるなど容易なのだが。
「凄いなあいつ。俺、去年なんか1円しか持ってこうへんかった」いつの間にか茂樹の隣にいた松本が笑いながら言った。
「1円? それは少なすぎるやろ」
「だってよ、甲子園で勝ち進めば勝ち進むほど、俺たちの時代が短くなるんやで。そりゃあ早く負けてもらいたかったわ。結局準々決勝まで進んで総体にも出ちゃったけどな」
「罰や」
 茂樹は呆れながら松本を見る。スタンドで応援していたのならまだしも、彼は去年の段階で背番号を貰っていた。甲子園での登板機会こそ無かったが、甲子園のベンチに入ることができたという経験はかなり良いものだったはずだ。スタンドで応援していた茂樹はそう思っていた。
 今年も1円玉ということはないだろうと信じながら松本を見ると、彼の手からは金色が少しはみ出ていた。
「2年で6円かよ」
「え?」
「いや、何でもない」
 聞き取れなかったのか、茂樹の言葉に松本は聞き返してきた。しかし茂樹は話を逸らす。自分と4円しか変わらないことに気づいたからだ。
「よし、じゃあ1人ずつお願い事でもしてこい。内容は任せるが必ず野球関連にしろ。彼女がほしいなどは引退するまで待て」
 監督の言葉に苦笑いしながら茂樹は列へ並ぶ。2年生ということで前の方になったが、それでも彼の前には10人ほどの部員がいた。
 寒さに震えながら順番を待つ。程なくして自分の番になったが、そのときには手が霜焼けになるのではないかというくらい寒かった。
(甲子園に行けますように。できれば優勝できますように。レギュラー落ちしませんように。高校生活で1度はホームランを打てますように。あとは……)
 5円玉を入れ、頭の中で4つの願い事を言ったとき、茂樹の1つ後ろにいる松本が急かしてきた。まだ4つしか願いを言っていなかったため無視しようかとも思ったが、この寒さで待っているのは非常に酷だということを彼は知っていたので、最後に一礼して列を離れた。
 茂樹は、5円を入れたため五つの願いをしても許されると判断していた。つまり彼の中では、100円玉を持ってきた1年生は100個の願いをしても許されることになる。
 数メートル歩いたところで後ろを振り返り松本を見ると、ちょうど彼は金を賽銭箱に入れようとしているところだった。
 彼の右手から金色の小銭が放られる。しかしそれは、茂樹は全く予想していなかったものだった。
 松本は数秒だけ手を合わせていると、すぐに礼をして列から離れた。茂樹は慌てて彼に駆け寄る。
「おい、今の500円玉じゃなかったか」
「ああ。まあ最後の年やし、ちょっと奮発」
 鼻をかきながら松本は笑う。彼は簡単に言うが、500円といえば茂樹が使った5円の100倍だ。彼は500個もの願いをしていいことになる。
「松本はなんのお願いしたんや。結構短かったけど……」
「そりゃあ全国制覇や」
「それだけ? 残りの499個は……」
「499個? 何がや。とりあえず、俺がしたお願いはそれだけやぞ」
 茂樹がつい口に出してしまった499個という単語に、松本は少し反応する素振りを見せたが、彼は特に気にする様子もなくそう答えた。
「いや、1円につき願い事は1つが妥当じゃないかなって……」
「そんな決まりなんて無いぞ。むしろ願いの数が少ない方が、それにかけられる金額も上がるやろ」
「そうやな……」
 茂樹は苦笑いしながらそう言うので精一杯だった。
 その日の夜に彼が一人で再び神社へ行き、500円玉を賽銭箱に入れたことは、おそらく部員の誰も知らないだろう。
作品名:北極星が動く日 作家名:スチール