キャンバスの中の遊戯
僅かに軋ませる音を立てて、窓が開いた。外からは相変わらず生温い空気しか入ってこない。その澱んだ空気がまるで、今の自分を表すようで、美幸は思わず眉をしかめた。
そうしていると、廊下から騒がしい音がして、派手に美術室の扉が開かれる。
「あーもう、ほんっとに掃除って面倒だよねぇ」
「茜」
どうやら掃除当番であったらしい茜は、盛大に文句を垂らしながら美術室へと足を踏み入れた。そうして、美幸と秋がいることを知ると、途端に彼女はいつもの華やかな笑顔を浮かべた。
「あ、三浦君! ほんとに来てくれたんだ」
そうして茜はいつものように、美幸より三つ離れた椅子に鞄を放り投げると、教室の片隅に鎮座している本棚へと向かった。そこは、主に写真雑誌など、勉強用のものが放り込まれているのだが、漫画などの無関係のものも多い。その一番下の段から茜は、自分のクロッキー帳を取り出す。
「今日は私達だけかな?」
「どうだろうね。先生は一応説明するって言ってたけど」
茜は確かに、と呟きながら、美幸の近くの椅子に腰を下ろす。ぱらり、開かれるクロッキー帳。秋は興味津々な様子で、茜の後ろからそれを覗き込んでいた。
「……うわ、びっくりした」
「えへへ。どんな絵描くのかな、と思って」
音も無く後ろについた秋に、茜は驚いたようだ。そんな彼女に、秋は悪びれる事無くへらりと笑ってみせている。
「そういえば、さっき、鞄にクロッキー帳入ってたよね?」
美幸が茜を助けるようにそう言うと、秋はふ、と一瞬だけその笑いを引っ込めた。その表情の無い眼差しに、背筋がひやりとするのが分かる。
「うん。小林さんのも見せてね?」
眼差しは一瞬で消え去り、再び秋はえへ、と笑っていた。そうして笑いながら、鞄からクロッキー帳を取り出してみせる。
それは良くある、小さめのサイズの、青いものだった。
「あら、奇遇ね。私と同じだわ」
美幸も鞄からそれを取り出しながら言う。そして秋の手から、同じクロッキー帳を受け取り、自分のクロッキー帳を渡した。
「私も見る見る」
茜も気になるらしく、美幸の所へ移動してきた。心底興味があるという表情を見せている。
美幸は静かに茜を見つめた後、そのクロッキー帳を開いた。
一枚目に描かれていたのは、女性の全身像だった。ワンピースを纏った女性の姿。短めの髪。座って本を読む仕草がデッサンされている。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水