キャンバスの中の遊戯
秋はふわりとそう言うと、静かに鞄の中へ教科書を放り込んでいく。その鞄の中に、一冊のクロッキー帳が入っていることに、ふと美幸は気がついた。
秋は視線を上げ、美幸の視線の先に気がついたのか、小さく笑う。
「小林さんも、クロッキー帳持ってるんでしょ?」
「うん、まあ……」
「よし、後で見せてもらおっと!」
秋は楽しげにそう言うと、鞄のジッパーをじ、じ、と音をさせながら上げていく。そうして完全に上がったそれを担いで、美幸に面白げな視線を向けた。
「お待たせした、かな?」
「ううん。……じゃ、行こうか」
美幸は秋にそれだけ告げると、鞄を拾い上げて背負った。そして、掃除中でざわついている教室から抜け出す。
二人は、並ぶか並ばないかの微妙な立ち位置を保ったまま、廊下を歩いて美術室へと向かう。
美幸がいつも使っている美術室は、図書室と同じで、学校から断絶された場所にあった。校舎を行き、廊下の折れ曲がった先にぽつり、とある。
美術の先生が選んだ作品が幾つか、廊下に貼り出されているのが目印だ。今は、アクリル画が飾られている。鮮やかな、アクリル絵の具特有の色彩が、外から入って来た光に照らされていた。
「……ここも、図書室と似ているんだね」
「……そうね」
後ろを歩く秋も同じ意見を持ったようだ。美幸はおざなりに頷きつつ、彫刻刀のようなもので抉られた戸に手を掛けた。
図書室と違うのは、おそらく鼻腔一杯に広がる、油の匂いだろう。
美術室は、誰もいなかった。丁度今は授業で油絵をしているので、机に可愛らしくりんごや、茶色のランプなどが飾られている。
均等の間隔を置かれて書かれたそれが、まるで時間に置き去りにされてしまったかのようだった。
「美術部って、何人くらいいるの?」
ふと疑問に思ったのだろう、油絵の為に置かれたオブジェ達を眺めながら、秋が尋ねてきた。美幸はゆっくりと首を傾げる。
「うちは好きな時に活動するスタイルだからなあ……正確な人数は、多分部長と先生しか知らないんじゃない?」
「部長は?」
「三年の先輩」
手持ち無沙汰になった美幸は、鞄をいつも使っている椅子の上に下ろした。そして、外の空気を入れ替えるべく、窓へと近付く。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水