キャンバスの中の遊戯
黒板に白く、流麗な文字が流れていくところで、無常にもチャイムが鳴り響いた。号令係がいつものように惰性で声を掛け、美幸はふらふらと立ち上がる。その数秒間の後、教室はたちまち喧騒に包まれていった。
美幸もそれに慣れているフリをしながら、そっと教科書類を鞄へ放り込んでいく。がらりと向こうで扉が開け閉めされる音が何度も響いた。
「席につけぇ」
いつもと同じく、担任が手にプリントの束を持ちながら、教室の中へと入っていく。それを境界に、ゆるゆると席につくもの。だらだらと適当に話をするもの。
「小林さん」
不意に声を掛けられて、美幸は肩を震わせた。
いや、不意にでは無い。声を掛けられる事は十分に予想していた。それでも肩が震えたのは、おそらくは恐怖の為。
美幸にはそれが予想できていた。
だから、だからこそ、怖い。
「……何?」
美幸は出来るだけいつも通りを装って、くるりと後ろを振り返った。そこには、淡い笑みを浮かべた秋の姿がある。
「えっと、放課後、どうすれば良いかな? 一度先生の所へ寄ってから、部室に行きたいんだけど……」
「そうね、じゃ、教室で待ってる」
「……分かった。ありがとう」
秋のその言葉を背に、美幸は前に向き直す。そうして、僅かに小さく、息を吐いた。彼女の視界の向こうでは、担任の先生がプリントを生徒達に配り、それを皆は気だるげに受け取る光景が広がっている。
「それじゃ、ホームルーム終わり」
掃除しっかりしろよ、との言葉を最後に、再び教室がざわざわとざわめき出す。美幸も掃除の手伝いをする為、のろのろと立ち上がった。
その時、ざわ、と風が吹いていった。
立ち上がった美幸の右隣から、秋が担任の先生へと声を掛けるべく、通り過ぎていく。
その時の風は、僅かに乾いた匂いがしていた。
秋は教室を出て行った先生を追いかけ、何事かを話しかけていた。おそらく、部活動について何やら話しているのだろう。開け放された廊下側の窓から、手振りを使って話している秋の姿が見える。
やがて、秋は先生に頭を下げると、また教室の中へと入って来た。美幸が追っていた視線に気がついたのか、ふとそのどこか透明な視線と視線が合う。
「話、終わった?」
「うん。今日は美術部に行かせてもらいますって、言ってきた」
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水