キャンバスの中の遊戯
(そう? 私も、美幸の静けさ、好きだけどなぁ)
(そう、かな……)
隣を歩く幼馴染は、そう呟くと小さく俯いた。それを見て、自分はこの幼馴染を何とか助けてやりたい、と心の底から願った。それと同時に、この幼馴染が欲しい、とも妬け付くような心で感じていた。
(ね、ちょっと面白いこと、思いついちゃった)
(……何?)
(私達を交換するの。中身をね)
そう言って、「茜」は、ふわふわの、色素が薄い髪型をしている「美幸」へと笑いかけたのだった。
そうして二人は、入念に下調べをし、この高校へ、お互いを交換して入学することに成功した。
今までそれは、二人だけの甘美で、大事な秘密だった。二人は大事な秘密を抱えながら、辛うじて幼馴染という関係に収まっているのだ。
美幸はそっと秋から視線を外して、本の背表紙へと視線を戻していた。
現代文の解説が行われている中、美幸は窓から外を眺めていた。そこからは校庭を見下ろす事が出来る。
校庭では、体育の授業が行われているようだった。それも、茜のクラスの。
美幸はぼんやりと外を見る振りをしながら、茜の姿を探していた。校庭を幾つもの青い点が走っている。その内のひとつの、すらっとした点を見つけて、美幸は彼女の姿を追っていた。
茜は数人の、仲の良い友達と一緒に、トラックを走っているようだった。それを目で追う。
このまま秋と接していると、自分達は壊れてしまうかもしれない。
小学校からずっと、美幸と茜は仲が良いと思われてきた。親達も確実にそう考えていた筈だし、二人もそれを疑わずに今まで生きてきた。
私達は仲の良い幼馴染。
だが、今日。初めて、二人に疑問を投げかけてくる人物が、いる。それは恐ろしいまでに透明な声音で、真実をついてくるのだ。
図書館での秋の声を思い出し、美幸は自然、身震いしそうになった。今となっては、その行動さえも秋に監視されているような、そんな気がして、迂闊に動けない自分がいる。
窓から視線を外し、そっと教科書へと戻した。視線を外す刹那、茜の視線が絡み付いてきたような気がしたが、気のせいだと思い直し、見えていないフリをする。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水