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キャンバスの中の遊戯

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 そうして、静かに画集の表紙へと触れる。その指は僅かに震えていた。
「……今も、好きなの?」
「……簡単に割り切っていたら、ここにはいないね」
 そうして、秋は立ち上がると、本を棚の定位置へと戻していた。美幸はただそれをぼうやりと眺めている。
「……好きになるって、難しい」
「うん」
 秋は美幸の方を見なかったが、ただひとつだけ頷いた。
「私も、三浦君がお姉さんを好きなのと同じくらい、きっと美幸が好きだった」
 そう、自分は「美幸」に憧れていた。大好きだった。それは「美幸」も同じだった。
 その時の二人は、今の二人のように、ひどく危なっかしくて、そしてぷつりと切れてしまう糸のような、そんな脆さを持っていた。
 お互いの性質に憧れて。焦がれて、焦がれて妬んでしまうほどに。
「好きだった筈なのに――」
 言葉が繋がらなかった。頭の中は妙に冴えていて、それなのに何の言葉も出てこない。
 お互いを交換するという、三年間だけの秘密の遊戯。それは、二人の関係を修復してくれる、と信じていた。
 美幸の頭の中に用意されたキャンバスには、もっと甘美で、楽しい遊戯が描かれていたのだ。
 だが、どうしてこんなにも苦しくなってしまうのだろう。あんなにも美幸に憧れていた筈なのに、どうして茜を見ると、どうしようもない妬みが浮かんでくるのだろう。
「……難しいよね」
 秋は本棚を見つめたまま、ぽつりと呟いた。それは冷淡な響きを帯びていたが、幾つもの苦渋が折り重なっているもののように感じられた。
 そして、また画集を取り出して、窓際の棚へと腰掛ける。彼はぱら、ぱらとそれを開きながら、再び口を開いていた。
「思い通りに生きることは、最初のイメージスケッチと同じ絵を仕上げるくらい、難しいんだな、って最近気が付いたんだ」
「……うん」
 確かに、最初のイメージとそっくり同じ絵を描き上げる事は、皆無に近いくらい難しいことだ。いつも途中で道が捻じ曲がり、そしてしまいには全く違う絵が出来上がってしまう事も多い。
 そしてその絵が、決して自分の気に入るものとは、限らないのだ。
「でもさ、それでも、進むしかないんだよね」
 秋はそう呟いて、そして自嘲の笑みを浮かべる。美幸は窓の外へと視線を移した。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水