キャンバスの中の遊戯
人生初のサボりだ、と美幸は何の感慨も為しに思いながら、より図書室の奥へと足を運ぼうとした。
その時、がらり、と音がして、図書室の扉が開いた。
美幸は何の気もなしにそちらへと目をやって、図書室の奥へと運ぼうとしていた足が止める。
図書室に入ってきたのは、秋だった。彼は美幸の姿を認めて、幾分申し訳なさそうな表情を見せる。
どうしよう、という思いで頭の中が一杯になっていた。数分前に覚えていた、激しい憎しみの激情は、今は鳴りを潜めている。代わりに、あの行動に対しての恥ずかしさと、申し訳なさが込み上げてきていたのだ。
きっと自分は今、とても間抜けな顔を晒しているに違いない。
「……そっちに行っても、良いかな?」
頭の中が大混乱を起こしていた美幸に、秋はそっと語りかけてきた。その穏やかさが、慎重さが、美幸の心を落ち着けていくのが分かる。
「……うん」
美幸が頷いたのを見て、秋はそろそろと歩いて来ていた。その姿はいつもの、女の子の中に紛れ込んでいても気が付かないような、中性的な雰囲気だ。
先程の美幸を止めた、あの男らしさは見受けられない。
「授業は?」
「……サボり、かな?」
「そうね。……ちょっと、こっちに来て」
美幸はそう言うと、今度こそ図書室の奥へと足を運ぶ。秋は何も言わず、静かに美幸の後ろを歩いて来ていた。
図書室の一番奥、角の天井まで届く本棚の前で、美幸は足を止めた。そして、秋を振り返らずにその棚を見上げる。
「ここ、私のお気に入りの空間」
「……すごいね。画集がこんなに……」
美幸の隣に立った秋も本棚を見上げて、感嘆のため息を漏らした。彼らの前にある棚には、美術関係のありとあらゆる本が詰め込まれているのだ。
秋はその中の一冊を手にとると、すぐ傍にある窓へと歩み寄る。そして、窓の下、かなり低めに作られている棚へと腰掛け、ぱらりと本のページを捲っていた。
美幸も手前の棚へと寄りかかり、しばらく本棚を見上げていた。
授業が始まってもいるので、図書室内は水を打ったような静寂が広がっている。秋の、ページを捲る音がはっきりと聞きとれる程に。
「……ごめん」
やがて、美幸はぽつりと呟いた。画集に目を落としていた秋の顔がゆるりと上がる。
「さっき、きっと睨んでたから」
美幸の言葉に、秋はああ、と頷いて、思い出したのか苦笑した。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水