キャンバスの中の遊戯
そのキャンバスには、緑に溢れた森の中で、白い服を纏った二人が椅子に座っている。それぞれ手にハープとフルートを持ち、音を奏でている絵が描かれていた。
確かに顔形までそっくり似ている訳では無かったのだが、特に髪の毛は似せたようだった。対照的な二人の髪型が描き出されている。
「――……逆じゃ、ない?」
美幸はやっとの事で、言葉を搾り出していた。
今は六月の筈なのに、妙に乾燥していて、我ながら変な声だとどうでも良い事を考える。
秋は美幸の言葉にきょとんと首を傾げ、ああ、と一言呟いた。
「最初は反対で描いてたんだけど、どうもしっくりこなくて。俺が思う二人って、こんなイメージなんだよね」
そうして、大きく伸びをして、絵へと視線を戻す。
今、秋は。
黒い、真っ直ぐな日本人形の髪型の女性を茜と指し、ふわふわの、やや色素が薄めの女性を美幸と指したのだ。
秋が椅子にゆっくりと腰掛け直す音が、どこか遠くに聞こえる。
ゆら、と視線を茜に移した。
そして彼女の表情を伺って、ああ、と心の中で小さく呟く。
もう、私達はいつもの私達ではいられないのだ。
ぷつん、と何かが切れる音が――実際にはそんな音はしない筈なのに――その時の美幸の耳には、はっきり捉えられていた。
「……やっぱり、無理なのよ」
表情の無い茜の口から、小さく言葉が滑り出た。美幸へと向けてくるその視線は、他の部分とは違って、激しい感情を帯びている。
それは「私」に対する、憧れと――憧れのあまり生まれた、激しい妬みだった。
かつて、お互いを交換する前に、よく交わしていた視線だ。
「……二人とも、……どうしたの……?」
秋の後ろに立つ二人の醸し出す雰囲気に気が付いたのか、振り向いた秋がおそるおそる言葉を発した。
だがそれは、二人のどこか遠くでしか、聞こえない。
ふつふつと、頭の中が揺れるのが分かる。湧き上がる、体温。
「私はいつだって、茜の傍にいたから、茜になる事だって出来ると思ってた。……でも、やっぱり無理なのよ!」
「だったら、私にどうしろと言うのよ。美幸こそ、後悔してるんじゃない」
「当たり前でしょ! あんな事――やっぱりやらなきゃ良かったのよ」
その言葉に、美幸は目の前が赤く染まるような感覚を覚えていた。
大きく心臓が跳ね上がる。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水