キャンバスの中の遊戯
それは、デッサンをする時や、ひたすらキャンバスに向かって絵を描いている時の雰囲気に酷似していた。
何かを求めている、男としての姿――、ひしひしとした、痛みにも近い雰囲気を醸し出している。
「三浦君?」
美幸が声を掛けると、秋は目を瞬いて、そうして二人へと視線を移した。一瞬だけ、ふ、と真顔になったかと思うと、次の瞬間にはいつもの、空気のような、中性的な存在へと戻っていた。
「あ、ごめんごめん」
秋はへら、と笑うと、軽やかに階段を下りてきた。
美幸は茜と僅かに視線を交わす。
茜は何事も無かったかのように、先に立って歩き出した。こうした場合には、美幸の方が上手く立ち回れると、長年の経験から分かっているのだ。
「知り合いの人?」
「ん? 何が?」
何事も無かったかのように振舞う秋に、美幸も合わせながらも、じわじわと問題の話題へと斬り込んでいく。
「さっき、あの子達見てたから」
「あー……、知り合いって訳じゃ無いけど」
秋は一瞬だけ、何かを考えるかのように言葉を詰まらせると、ちら、とこちらへ目線を向けてきた。美幸は視線を合わせ、――そして、一瞬だけ思考を止めそうになる。
「――み」
「まあ、誰にだって秘密はあるからね?」
秋はそう真顔で言うと、足を緩めた美幸を追い越して、先に歩いていった。茜と秋、二人の背中が午後の柔らかい光に照らされている。
美幸はそれを眺めながら、ゆっくりと歩いていた。
手に、じっとりと、水滴が纏わり付いているのが分かった。
美幸は、先に歩いていく秋を見ながら、意識して茜と歩調を揃えた。ぷしゅ、と隣でプルタブを開ける音がする。
「……なんか、ほんとっぽいね」
「うん」
茜は缶を傾けて、口にジュースを流し込んだ。彼女の喉が動くのを見ながら、美幸はぼんやりと思いを馳せる。
あの時の、秋の豹変した姿。確かに外見が変わった訳では無いが、それでもまるで別人のようだった。
目の前に迫ってくる校舎を見上げる。白い壁に、強い光が照り返してきて眩しかったが、それでも美幸はそれを見つめ続けた。
どれだけ、この校舎の中に、本当の自分をさらけ出している人達がいるのだろう。教室に行けば、皆それぞれの外見を見て、それぞれの色を割り振っていく。そして本人も割り振られた色に満足して、――教室の風景の一部となるのだ。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水