キャンバスの中の遊戯
「そうね。……機会を見て、聞いてみる事が出来れば良いんだけど」
茜は美幸を見返して、ひとつ頷く。美幸はそのまま歩いていく茜の背を追って、美術室へと戻った。
がらり、と扉が大きな音を立てたが、皆それぞれの作品に集中している為か、振り向く者はいない。
そんな中、入り口近くに陣取っていた秋が、ことんと音を立てて絵筆を置いた。そうしてひとつ伸びをして、二人を振り返る。
「あ、二人とも休憩中?」
「私は荷物を取りにいっただけ、かな?」
秋は小声で二人に話しかけてきた。茜がにこりと荷物を掲げてみせるのに対して、美幸は黙って右手のお茶を持ち上げる。
「あ、良いなあ。俺もなんだか喉が渇いたから買ってこようかなぁ」
秋はそう言うと、鞄からごそごそと財布を取り出しているようだった。
「私も買おっかな。ね、美幸ももうちょっと休憩する気ない?」
茜が秋につられてか、荷物を自分の席へと放り出しながら、美幸を振り返った。声の調子と違って、顔の表情はどこか強張っている。
つまり、自分について来て欲しいという事なのだろう。美幸は小さくため息を吐くと、そのまま美術室の外へと出た。
その後ろを茜と秋がついてくる足音がする。もう一度階段を下りながら、美幸はどこで秋に話を持ち掛けるかを考えていた。
後ろでは、茜と秋が表面上では、たわいの無い会話をしている。
「ね、三浦君って、女の姉弟とかいるの?」
「……うん、いるけど……なんで?」
「やっぱりそうかぁ! なんか、お姉さんとか妹とかいますって感じがするもの。お姉さん?」
「そう。ひとつ上かな」
秋はいつもと同じ調子で、茜の質問に答えている。そこからは、特に変わった感情は見受けられない。
そうして階段を下りたとき、ふと目の前を違う制服の生徒が歩いていった。それは美幸にも見覚えがある。隣の高校の制服だろう。
「――三浦君……?」
その時、ふと茜の声が変わり、美幸はくるりと後ろを振り返る。
そこには、茜と秋の姿があった。秋は階段の途中で立ち止まり、じっと何かを見ているようだった。美幸は少しだけ視線を移動させ、秋が隣の高校の生徒を見ている事に気が付く。
そうして秋に目を戻して、美幸は思考を止めていた。
そこに立つ秋は、いつもの、女子に紛れてもおかしくない秋では無かった。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水