キャンバスの中の遊戯
がたがた、と何かを動かすような音がして、どこか気まずい空間が霧が晴れるように、消えていく。
三人は美術準備室へ続く扉へと目をやる。しばらく向こうの部屋では何かを動かすような音がして、そしてその扉が開かれた。
「お、あなたが噂の転校生?」
話は聞いてるよ、と言いながら、新城先生は美術室へと入って来た。手には文面が印刷されたプリントを持っている。
「今日は三人だけ?」
「どうでしょう。まだ来るかもしれませんし」
「そうだね……まあ、いいや」
先生は茜の言葉にひとつ頷くと、プリントを三人に配る。
「今年ももう、そんな季節なのね……」
美幸は配られたプリントを見下ろしながら、ぽつりと呟いた。そのプリントには、展覧会についての事柄が記されていた。
「展覧会?」
秋が首を傾げると、茜へとプリントを渡していた先生が、そう、とひとつ頷く。
「毎年、駅前のショッピングモールのギャラリーを貸してもらってね、展覧会をするんだよね」
「そう。年に一度の、美術部の祭典なのよ」
茜が少しだけはしゃいだ声音を上げる。
「どう? まだ展覧会までは一枚ぐらいなら描ける時間があると思うんだけど、良かったら参加してみない?」
あなたが美術部に入るのならだけどね、と先生は肩を竦めた。秋はじっと紙面を見下ろして、食い入るようにその文字を追っているようだった。
どこか遠くで、女子が楽しそうな声を上げているのが聞こえる。それはこの、学校からどこか断絶された世界の外側で、まるで異世界のように響いた。
その声に反応してか、秋はゆっくりと顔を上げる。そして、真っ直ぐに先生へと視線を向けた。
「――参加、したいです。参加させてください」
「おお、やる気になったか」
先生は部員が増えるとあって、嬉しそうな表情を浮かべている。
その表情を見て、どこか重たい石が乗ったような感覚を美幸は覚えていた。
秋は先生を見つめたまま、にこりと笑みを浮かべていた。
「描きたい絵が浮かんだんです」
「へえ、早速?」
先生は、興味深げに秋の顔を覗きこむ。ちらり、と視線を茜に向けると、茜も、今の美幸の気持ちと同じであろう眼差しを返してきた。
そして前を向くと、秋のどこか飄々とした、それでいてどこまでも透徹した眼差しとぶつかる。
「――小林さんと、海道さんをモデルにした絵を描きたくて」
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水