「蓮牙」2 源助とドール
擦り傷程度で出血しているところはないようだったが、左腕があらぬ方向を向いてぶらんと垂れ下がっていた。
「砕けたな…こりゃ」
ドールは他人事のように呟いて右手で上着の内ポケットを探った。
源助はドールのポケットから煙草を取って口にくわえ、火を点けてから彼の口元へ持っていってやった。
「無茶しやがって。戦艦でも落とすつもりだったのかよ」
埃をはたきながらドールの黒髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
ドールは深呼吸するようにすううっと煙草を吸い、ふーんと鼻から煙を吐き出した。
「てめぇこそ利き腕やられやがって。俺ぁ、残したぜ」
くわえ煙草のままドールは拳銃を取り出し、源助の肩越しに銃口を上へ向けた。
「――ドール?」
ドールの視線が自分ではないところへ向けられているのに気付いて、源助は頭上を振り仰いだ。
「おわっ」
頭上には人が浮かんでいた。いや、建物の屋上から飛び降りたらしき人物が、もう、すぐ、頭の上まで降ってきていた。
源助は見るなりその場を跳び退いた。
跳び退き際鎌をひっ掴む。
今まで源助がしゃがみ込んでいた場所にふわりとそいつが降り立った。
アロハシャツに半ズボン、足元はサンダル履きのその若い男は意外な言葉を口にした。
「大丈夫か?」
現れた場所とタイミング的には信用できない感じだったが、邪気は感じられなかった。本当に二人のことを心配しているような顔をしている。
ドールはサングラスの奥で目をぱちくりさせて、銃の照準を外した。
「さっき、グローバーの奴の目を潰したのはあんたか」
先刻、源助が潰されになったとき、どこかから飛んできたナイフがグローバーの眼を抉ったのをドールは見ていた。あれがなければ源助は確実にやられていただろう。
彼は命の恩人だ。
「ああ、余計だったか?」
彼らよりも若そうに見える男は、ズボンのベルトにマスコットの付いたキーホルダーでぶら下げた細身の剣を、肘で小突いてゆらゆらさせた。
前をはだけたシャツにも、短パンにも、ほかの武器を隠せそうにはない。彼の武器はその細い剣一本とさっき投げたナイフだけらしかった。
「いや。源、とりあえず礼言っとけよ」
ドールは拳銃をしまって長くなってきた煙草の灰を落とした。
作品名:「蓮牙」2 源助とドール 作家名:井沢さと