さよなら、赤川先生
浴衣は先生が浅草で買った物で、紺の地に白く「JAPAN」と染め抜かれていた。まっとうな日本人が着るには明らかにナンセンスでも、先生にはぴったりだった。それはもしかしたら、先生がほとんど日本にいない事と関係しているのかも知れないな。そんなことを僕はぼんやりと考えた。
そのうちにやはり花火大会は終わってしまった。ただでさえ混み合っていた道には港から戻る人間が加わり騒然となった。警官があちこちで笛を吹いていたが全く効果は上がっておらず、どこかで怪我人や死者が出ていてもおかしくなさそうだった。
僕は必死で先生とはぐれないように気をつけていたのだけけど、とうとうはぐれてしまった。僕は迷ったあげく先に帰っていることにした。心配だったけど、先生だってさすがに子供じゃない。と思っていた。
お屋敷へ帰ると、ちょうど門の前でFEDEXのお兄さんが所在なげにしていた。その場で署名をしてダンボール箱を受け取る。いつもの黄色いダンボールだ。発送元はネパールで、日付は二〇〇二年十二月二十八日」となっていた。僕はずっしり重い箱を先生の書斎に運んで、積み上がっている同じような箱の上に重ねて置いた。毎日世界各国から送られてくるこの箱は、既に書斎の大部分を占領していた。箱の中身は赤川先生が書いた小説だ。先生は決してこの書斎では小説を書かない。それどころか、先生は一年のうち六月から八月の休暇を除く九ヶ月は世界中を放浪しながら旅していて、その先々で信じられないような量の小説を書く。そしてそれを日本に送ってくるのだ。当然国や地域によって交通事情も異なるから、この屋敷に原稿が届くのはいつになるか分からない。だから今日のように、去年の暮れにネパールで書いた作品が八月の終わりに届いたりする。先生が滞在するのはいわゆる「秘境」がほとんどなので、尚更こういう事が起こる。
居間に戻ってテレビをつけると、ニュースステーションが佳境に入っていた。エンディングで久米さんは子供達の夏休みももうあと一週間ですね、と言っていた。それを聞いて僕は思わず壁のカレンダーを見た。八月二十九日のメモ欄に、大きく「発」の文字が書かれていた。夏休みが終わると言うことはすなわち、先生がまた途方もない旅に出掛けていってしまう、ということだった。それが先生の仕事だし、僕の仕事はその間この屋敷を守ることだ。二人の関係というのはつまり、太陽系とハレー彗星のようなものなのだ。
ニュースステーションが終わって風呂を沸かしても先生が帰ってこないので、さすがに心配になってきた。迎えに言ってみようかと玄関へ向かうとちょうど、ピンポーン、とチャイムが鳴った。
「はい、どちら様でしょう」
インターホンで応じると、予想外の答えが返ってきた。
「あ、夜分遅くどうも。警察です。ご主人が……」
そこまで聞いて、僕は引き戸を開けてサンダルをつっかけ、前庭を走って横切り、門の脇の通用ドアを思いきり開けた。
そこには警官と、ハンカチで顔を押さえた赤川先生が立っていた。
「先生。どうしたんですかその顔!」
先生の目の周りにはマンガのような青アザが出来て、鼻には丸めたティッシュが詰めてあった。浴衣の胸元には、恐らく鼻血が垂れたのであろう赤黒い染みが見て取れた。
「子供に絡まれた」
と先生は蚊の鳴くような声で言った。
「そこの川べりでぐったりしてる所を保護しまして」と警官が付け加えた。「ご本人は絡まれたと言ってるし、一応被害届を出すようにと……」
「いいです」と僕。
「は?」
警官が間の抜けた顔で返す。
「そういうのはいいです。もう帰って下さって結構です。お疲れさまでした。……先生、ほら大丈夫ですか。はやく上がって下さい」
確かに先生をこんな目に会わせた奴らは許せなかったけれど、裁判にでもなれば九月からの先生の旅が台無しになってしまう。それだけは避けたかった。納得いかなそうにしている警官を後目に、僕は先生の手を引いて先に家に入らせた。門を閉めに戻るともう警官はいなかった。
玄関へ入ると先生はぐったりと肩を落として上がり框に座っていた。それを見て、僕はなんだか先生が長い旅から帰ってきたときのことを思い出してしまった。
毎年六月のはじめになると、先生はほとんど手ぶらに近いような格好でこの屋敷へ帰ってくる。すっかり痩せて髪と髭は伸び、肌は垢で汚れてひどく汗くさい。そしてそれよりも僕をやるせなくさせるのは、先生の右手だった。手首には硬く包帯が巻かれ、親指と人差し指と中指には決まって血豆が何度も何度も潰れたような痕があった。それは明らかにペンだこで、旅先での壮絶な執筆作業を物語っていた。九ヶ月のうちにおよそ千五百も小説を書き上げるわけだから、それが人間の指をそうまで破壊してしまっても何も不思議はなかった。
「先生」
僕が呼びかけると、先生の肩がびくっと震えた。
「まだ、痛みますか」
いや、と先生は声にならない声で答えた。
「お風呂、湧いてますけど」
ありがと、でも、と先生は言った。
「もう寝る」
「はい。じゃあ準備しますね」
僕は簡素に答えて寝室に向かった。せめてきれいに整った布団でぐっすり眠ってもらいと思った。
先生が眠ってしまってから、僕はこっそり寝室に忍び込んで先生の寝顔を見た。中年男の肌には脂が浮かび、深い皺が刻まれ、目の周りのアザ以外にも、細かい傷が痛々しく散らばっていた。ほんとにアンドロメダ星雲とうんこだ、と思った。同時にその醜い寝顔がとても愛しかった。
もういいよ、と毎年の事ながら思ってしまう。もういいよ、先生。そんなに頑張ることないよ。どうして旅になんて出てしまうんだ。限界を超えるほど右手を酷使してまで、どうして先生は小説を書くんだ。ひどい奴らが先生の小説をどんな風に言ってるか知ってる? もう充分だよ。この国にはもう充分、先生の小説が溢れてるじゃないか。お金だって腐るほど持ってる。ハワイかどこかに別荘を買ってさ、二人で幸せに暮らそうよ。先生の好きな天ぷらだって毎日揚げてやるからさ……。
こんなことをいくら言っても無駄だと言うことは知っていた。先生は何かのために小説を書いているんじゃない。そうせざるを得ないから書き続けるのだ。
先生の自伝的長編小説『檸檬の花』の一節を紹介する。
『おいへなちょこ。お前はいったいいつまで小説を書き続けるつもりなんだ?』
これはニューヨークのスラム街で身長二メートル五十センチの黒人牧師が主人公のアカガワに放った質問だ。これにアカガワはこう答えている。
『俺たちが生きるこの惑星は、自分がいつまで回り続けるか、なんて考えたことがあると思うかい?』
牧師は肩をすくめて言う。
『半永久的に、って事か?』
『そうさ』とアカガワは答える。『半永久的にさ』
十畳の寝室には、先生の低い寝息と僕のひそめた呼吸音が折り重なって広がっていた。僕は泣かないように気をつけながら、夏休みがせめて半永久的に続いてくれればな、というようなことを考えていた。