星の降る夜
3
星の海の上に、つきせたちのような星狩りや、他の星の住人たちが暮らす世界はあった。
星使いを最高とし、人々の生と死の境を取り持つ世界。
この世界につきせが戻ってきたのは、すでに地上では正午を過ぎた頃。
今日も結局けいがの「星」を狩ることができず、命令違反で怒られるのは分かりきっていた。
それが嫌で星の海をさまよっていたが、結局他にどうするわけにも行かなくて、こうして戻ってきたのだ。
だめでもともと、それでもごく小さな望みにかけて、星使い様にけいがの命を少しでも長くのばしてもらおうと思って。
そう決意して歩み始めたつきせだったが、その意気は歩みだしてすぐにも急速にしぼんでしまった。
星の海と星界の境に、一人の男が立っていた。
姿は他の住人たちと変わらない。上から下まで真っ黒。
ただ違うのは、そのひたいの両脇から生えた黒光りするりっぱな角。
一見して他の住人たちとは明らかに違うものを持つその人物は、星の住人ならば誰もが知っている。
皆が恐れ、敬う、神にも等しい星使いその人。
その星使いが、額には幾筋もの青筋を浮かべて、不機嫌極まりないといった表情で、近づいてくるつきせを黒くかがやく威圧的な瞳でにらみつける。
その姿を見た途端、つきせの体はすくみあがり、足の進みは極端に遅くなった。
境に待ち受ける星使いは、まさにつきせを待ち受けていたのだ。
一瞬でもその瞳を目にしてしまったつきせは、そこでもうがちがちと震え上がり、とっさにうつむいたまま一歩も動くことができなくなってしまう。
「つきせ、ちょっとこい」
静かで低い声がつきせの上にふりかかる。
びくりと反射的につきせの体は一歩前に進んだ。
「もう少しこっちへこい」
さらにどきりと心臓が跳ね上がる。
今度はおずおずとだが、星使いの前まで歩み出た。
それでも震えはまったく止まらなかったし、星使いの顔をまったく見ることもできなかった。
ひたすら身をちぢこませて、この状況が一刻でも早く過ぎ去るのを待つばかり。
もう、けいがのことを願い出る決意など、とっくに消し飛んでしまっていた。
星使いが大きく息を吸い込む。
とっさにつきせは身構えた。
「おまえというやつはぁぁっ!!」
ぴしっと一瞬闇の中に稲妻が走った。
「今日、お前が出かける前に俺は一体なんて言った!? 今日こそ狩ってこいって言っただろうが! だのに狩ってこない! それどころか宿主と夜通し遊びまわってるとはどういうことだ!」
荒い星使いの声があたり一帯に響き渡り、つきせは首をすくめる。
「いつもいつも、次は必ずとか言っておきながら狩ってこない! 今回だけはもう待ってるわけにはいかないんだぞ!」
じわりとつきせの目に涙が浮かぶ。
それをこぼさないように、必死でつきせは歯を食いしばった。
きつくにぎりしめた手のひらに、爪がくい込む。
星使いの一喝は稲妻を起こし、世界を揺らす。
何度も怒鳴られては、つきせは泣いた。
それでもどうしてもつきせにはけいがの星を狩ることはできなかったのだ。
「そんなに、いやか。星狩りの仕事が」
つきせは答えない。
星使いは黙ったままのつきせに、ため息をつく。
「もういい。あの宿主には別の星狩りをつけることにする。お前はもう、あの宿主に近づくな」
はじかれたようにつきせは星使いを見上げた。
まるで高い崖の上から突き落とされたかのような衝撃を、つきせは感じていた。
ぽたりと、ついにつきせの目から大粒の涙はこぼれ落ちた。
言葉もなく、星使いを見上げる。
星使いの命令は絶対だった。
それにそむくことはできない。
もう、つきせには何もできない。
つきせは止まらない涙をぬぐおうともせず、ただ立ち尽くすだけ。
黒いつきせの服を濡らし、大きな染みを作っていく。
星使いはその涙にやれやれとためいきをついてきびすを返した。
その途中。
「つきせ、お前は何もわかっちゃいない……。そろそろ、じぶんの仕事にきちんと向き合ってみてもいいはずだ」
今のお前なら、きっとわかる。
そういい残して、星使いは去っていった。
ゆっくりとその姿を闇の中に溶かし込みながら、その姿を消していく。
その姿が完全に消えてしまって、つきせはぺたりとその場にしゃがみこんだ。
ほおを伝う涙は、星使いの言葉で止まった。
星使いの言葉は、つきせへのメッセージだったのだろう。
けれどつきせに分かったことは、もうけいがには会えない。
その一つのみだった。