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セカンドラブ・シンドローム

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 『この季節』にあれだけの距離を全力疾走すれば当然だった。駅の待合室には、老婦人が二人、この地域の言葉でぼそぼそと雑談していた。駅員はこの暑いのに馬鹿がいるよ、と冷ややかな視線を僕に投げかけていた。
 ほんとその通り、馬鹿だ、と思った。どうかしてる。卒業式? そんなのはもう、とっくの昔に終わってるじゃないか。優子は九州だ。
 僕はまだ肩を大きく上下させながら、走ってきた坂道を振り返った。山の緑に分け入るように、その道は高校へと続いていた。
 それは確かに懐かしい道で、優子との思い出で、僕の一部だった。
 しかし、それだけだった。
 その道は僕がこれから進むべき道ではなく、中島の言葉を借りるなら『足跡』の残されているべき場所なのだ。その足跡を同じように辿って戻ることはできない。僕たちには、決して手に入れることの出来ないものが沢山ある。
 大分へ行く必要はない、と心の中で呟いた。これから急いで新幹線に乗れば、まだ明るいうちに帰れるはずだった。
 僕はシャツのポケットから優子に関するメモを取りだし、四つ折りにしてやぶいて駅のくず入れに捨てた。


 帰りの列車の中で、僕は両親のことを考えた。
 せっかく帰ってきたのに顔も出さないのは薄情だっただろうか。
 それから中島と楢崎に嫌味を言った。
 せいぜいお幸せにね。
 次に寺島先生にエールを送った。
 頑張って下さい。ずいぶん白髪が増えていたようだけど、無理をしないように。
 そして、優子に関するあらゆる事を思いだそうとした。
 僕が思い出す優子は笑っていたり、拗ねていたり、そっぽを向いていたり、憤慨していたりした。その全てに僕は恋をしていたのだ、と思った。誰よりも大好きだった。僕は優子に恋をしていた。
 そして、それはとてもきれいな形の『足跡』になった。たまに振り返って眺めるくらいしたって誰も文句は言わないだろう。しかし、そうそう立ち止まっているわけにも行かない。先は長いのだ。
 優子について思い出すネタが完全に尽きてから僕は、周富徳については何も考えるべき事がないな、と思い、そして最後に夏菜子のことを考えた。