KNIGHTS~before the story~
忘れられない
「あ、起きた?」
目が覚めると病室にはカイではなく、私の友達でカイの野球部仲間だった飯島君がいた。
何でも相談できるくらい仲は良かったけれど彼がここにいるのが意外すぎて、彼を見つめたまま呆気にとられていたら、飯島君は柔らかく笑んだ。
「倒れたって聞いたからお見舞に来たら、野口が用事あるとか言って出てって、留守番中なんだ」
そう言いながら、飯島君はベッドに近付いてきて、近くに置いてあった椅子に座る。
「気分はどう?」
優しくそう問われたけれど、私は答えられなかった。
気分は良くない。
頭は痛いし、身体も軋むように痛くて、全身が重たい。
だけど、それを正直に言えば飯島君を困らせることになる。彼にこの憂鬱な気分をぶつけるなんてこと、してはいけないんだ。
「……カイはどこに行ったの?」
答えずに新たな質問を被せれば、彼は苦笑する。
「野口は一高に行ったよ。野球部の人たちと話してくる、って」
彼の告げた事実に、頭が真っ白になりそうだった。
一高の野球部?
なんでそんなところに行くの?
行って、何を話すつもり?
あの人たちとはもう関わらないって、そう決めたのに。
「なっちゃん、あの人たちに本心を言わなかったんでしょ? だから野口が行ったんだよ。このままじゃいけないから」
「なんでっ!」
思わず、大きな声を出してしまった。
マズイ、とは思ったけれど遅かった。
感情のコントロールがきかない。必死に抑えようとしたら、代わりに涙が溢れてきた。
「……私は、カイだけで良いのに…」
カイはそれを許してくれないの?
私なんていらない?
カイまでいなくなっちゃうの?
「野口は、なっちゃんが大事だから行ったんだよ」
困ったように笑いながら、飯島君は続ける。
「なっちゃんが言ったみたいにしたいって、野口、言ってたよ。でも、それじゃあダメだって。自分ではまだ力不足だし、なっちゃんのコトを大切に思ってる人は他にもたくさんいるって、ちゃんと理解して欲しいからって」
……なによ、それ。
なんでいつも、そんなにお兄ちゃんぶるのよ。
カイは狡い。
そんなコトを考えることも、飯島君をここに残していったことも。
「俺も、野口の言うとおりだと思うよ。ふたりがお互いを大切にするのは良いことだけど、そこに留まってちゃいけない」
もっと、手を伸ばしてみなよ。
飯島君はそう言って、近くに置いてあったカバンから野球ボールを取り出した。そしてそれを、ひょいっと投げて渡される。
真っ白な硬球。
これを握るのは、すごく久しぶりだ。
「野口からだよ、それ。いつでもキャッチボールできるように、って。グラブはそこの紙袋に入ってる」
……キャッチボール?
入院している身の人間に、なぜそんなものを与えるのか分からない。
「野口がさ、『忘れるな』って」
忘れるな、って…。
忘れられる訳がないのに。
いつでも投げたくなったらキャッチしてやる、そう言ってくれたカイの言葉。
放ったボールがミットに吸い込まれていく時の音が堪らなかった。
カイが忙しい時は、一高のグラウンドに行けば、お兄ちゃんが受けてくれた。
カイのとは違うミットの音。だけどそれも大好きだった。
キャッチボールだって、みんなとした。飯島君とも、ケンゴさんに、マサさん、ヒデさんやカジさんたちとも。
色んな話をしながらボールを投げて、硬球の重みを左手に感じるのが幸せだった。
でもそれはもう二度と味わうことの出来ないものだと、そう自分に言い聞かせてきたのに。なんで、こんなことをするの?
右手で深く硬球を握って、縫い目に指先をかける。
投げたい。
あの感覚を、また味わいたい。
だけど、再び失うことになるのではないかと考えると、恐くて仕方がなかった。
作品名:KNIGHTS~before the story~ 作家名:SARA