竹草少女
だから彼としては、教室では彼女と話さないというスタイルを貫いている方が好都合なのだった。
そして彼女もまた、無理に話しかけてくる様子もない。
交わす言葉といえば本当に二言三言。
「“種”はどうなの?」
「いつも通りじゃね」
「ふーん、そっか。今日は?」
「いく。あんたは」
「いけたらいくかも」
「いつも通りか。了解ス」
それだけ見ていれば実に淡白な関係に写る―――それが好都合でもある。
言葉数が少なければ、それだけ違和感もない。
言うなれば、彼女との関係において、彼はもう既に満足してしまっているのだった。
(さて、俺はどうするか)
何か仕事でもあるのだろうか、副委員長の女子と何処かへ去っていった流生を目を向けずに見送った彼は「ふーっ」と息を吐いて、椅子を引いて立ち上がる。
今日こそは言わなければならないだろう。
彼女が今日は様子を見に来るというのであれば、彼としては状況が動く前に説明しておきたいと思う。
(とはいったものの…どうやって説明するか)
ホームルームの段階で彼が悩んでいたところへと堂々巡りをしてしまう思考に自分で呆れながら、彼は昇降口へと向かう階段を下りる。
職員窓口の前を抜けると、見知った顔がいた。
自動販売機の前に、彼女は立っていた。
彼は一瞬無視しようか迷って―――結局声をかける。昇降口まで来たのは、もともと彼女を探すためであった。
「おい錦」
「名前はやめてください」
予想通りの返事が返ってきて、彼はあきれてしまう。
分かっていた反応だけに、彼はもう驚いたりイラつく事すらできない。
「…何飲んでんの」
ふと彼女―――錦(にしき)が手に持っている飲みかけに目がいく。
彼女が無表情に答える。
「『旨味トロトロくりぃむシチュー』」
「どうみても地雷です本当にありがとうございました」
「美味しいです」
「お前の味覚が地雷でしたか」
「“お前”はやめてください」
「ていうか、それコールド飲料かよ」
「“お前”はやめてください」
「冷たくなったシチ」
「“お前”はやめてください」
「…」
「…」
「…わるかった」
「許しましょう」
少女が微笑む。基本的に可憐な少女の微笑みというのは、条件抜きで良いものだ。
(相変わらず会話にならんが…まあ、良しとしよう)