竹草少女
彼が一瞬の事で、何が起きているのかまったく理解できていなかった。
ただ喉仏を撫でていた指先が徐々に彼の喉を圧迫していくのを感じながら、その少女の背後に並んだガラスドアに映る正体―――蛇たるその異貌を見ていた。
窒息。
酸素。
空気。
生命。
危機。
少女。
化け物。化け物。化け物蛇。蛇。蛇。黒泥。蛇。
恐怖。混乱。
少女。目。狂気。
蛇。牙。死。
蛇。少女。目。殺気。死。死。死。
だが最後の最後に彼の脳を駆け巡ったのはやはり―――
(ふざけるなこのクソ野郎がッ!!!!!!!)
聡雅の目がカッと見開かれた。
ひどく乱暴な気分になっていた。
もう死のうが食われようがボロキレになろうが構うものか、ただ目の前のスカした馬鹿女(にしき)に一発食らわせてやらないと気がすまない―――そのときたしかに聡雅の内側で、何か堅く尖った冷たい何かが動き出したのだ。
その“何か”は容易く聡雅と言う名の“殻”を突き破って現われた。
突き破ると同時に“そいつ”は真っ先に少女へと手を伸ばし、そのか細い喉を同じようにして締め上げるのだった。
衝撃で地面に投げだされた聡雅は、激しく咳をしながらも、背後を振り返って呆然としていた―――全く事態についていけなかったのだ。
先程まで自分を締め上げていた少女の髪や影から無数の巨大な蛇の顎が出現しているというだけでも彼の理解を超えるものであったのに、今度は自分自身から得たいの知れない化け物が出てきて少女を殺さんばかりに締め上げているのである。
(なんだ…いったい何がおこってるんだ?)
これはいくら普段淡白で動揺を見せない彼でも、その混乱を隠し切れなかった。
どう対処したらいいのかまったく分からない―――これは完全に彼の常識の範疇を逸脱していた。
「が…っ、あっ、ぐああがあが」
可憐な口唇からはまったく似合わない、苦鳴ともおぼつかないような“音”が少女の歯の間から漏れていた。
その少女が必死に手で彼の方に何かの合図を送っているのが、ぼんやり彼には見えていた。
茫然としていた彼は、頭が真っ白だったためにかえって、その合図の意図を察する事が出来た。
それは、懇願なのだった。
“やめさせてくれ”と、そう彼女が言っているのだ。
(つまりこれは…俺から出てきたから)