竹草少女
場所は校舎の屋上だった。給水塔がフェンス越しにそびえて、その向こうに透けた青空が広がる。流れる風がほんのり甘く、やわらかい陽射しが包んで肌に心地よい。
とても、いい雰囲気だった。
「あんたがこれを書いたのか?」
聡雅はそんな雰囲気が、自分にはやや場違いな気すらしていたので、早く話を終わらせてしまおうとやや焦っていたかもしれない。
「本当に来た…」
「そりゃあ呼ばれたしな」
だから少女がやや的外れな事をずっと呟いているのを辛抱強く聞いている内に、やはりどこか頭の隅で苛立ちが募っていた。
(なんだよ?呼び出したのはお前だろう、さっさと言う事を言え)
ひとまず自分がどう返事するかは決まっていたので、彼はさっさと少女が話し終えてしまうのを待っていた。
だがその少女の様子が、なんだかおかしい。
「本当に来たのね…やはり“主(ラビ)”の仰られる事に間違いはないです」
「何言ってんだ?」
訝しがる聡雅の前で、少女は何故か嬉しそうな―――後で思い返せばそれは特定個人に対する驚嘆と尊敬の入り混じった表情だったわけだが―――顔をして聡雅を見つめている。だがそれはとても今まさに告白をしようとする姿には見えない。
「『恋文でも書けばこの手の男は絶対にやってくるよ』と“主(ラビ)”が仰られた通りでした。だけど本当に来るなんて…」
「な…」
(どういうことだ?)
一瞬聡雅は何を言っているのかが分からなくなり、慌てて頭の中を整理する。
次第にある仮説が浮かんでくる。
「じゃあ、これを書いたのは…」
「それを書いたのは私ですが、厳密に言えば“主(ラビ)”が文章を考え、すべてその通りに私が写しました。“主(ラビ)”はあなたに伝えたい事があって私を代理で寄越しました。その際に『ただ呼ぶだけでは芸がないから』と、恋文の形をとってあなたを呼び寄せることになさいました。そうすれば大概の男は絶対に、尻尾を振ってついてくるからと。本当にその通りでした」
ふふっ、と少女が笑う。それは聡雅にとって、ひどく嫌な笑いだった。
「申しおくれました、私は錦(にしき)と名乗る者です。この名は主君たる“主(ラビ)”から授かったものです。そして私は“主(ラビ)”に仕える“従者(オキュペー)”です」
聡雅の心中などお構い無しに少女は微笑みを隠さない。