竹草少女
「錦(にしき)、か」
「気安く名前を呼ばないでくださいと以前言いましたよね。わたしもあなたの名前は呼びません」
少年は複雑そうな顔で少女の前に立ち、少女は挑むような姿勢で少年の前に立つ。
とても仲睦まじきとは言えぬ二人の表情と、対照的な二人の姿―――不良っぽい少年の姿と和風人形のような可憐な少女―――だがやや困った顔をしているのは少年であり、怒り心頭という表情をしているのは少女の方であるという奇妙な二項が、状況を複雑に演出しているのだった。
聡雅が錦(にしき)を“やばい”と思った理由はいくつかあった。
だがその最大の理由は、彼女が発する気配と、その気配の根源たる彼女の正体だった。
「じゃあ俺はお前をなんて呼んだらいいんだ。魔女とでも呼べばいいのか?」
「その呼び方は適切ではないと言ったはずですが。私はあくまで“魔女の使い”でしかありません」
「どっちにしたって同じ事だ。俺たちフツーの奴にとっては“魔女”も“魔女の使い”であるお前も、どっちも化けモンだからな」
聡雅の軽薄な声が紡ぎ終わる前に、彼女の圧するような気配が膨張し拡大していく過程でついにその本性を顕す。
「“主(ラビ)”を侮辱することは許さない…ッ!」
その本性は彼女の闇色の髪と廊下に落ちた影から、凄まじいスピードで彼に襲い掛かる。
その様はまるで怒涛のごとく大地に注ぐ大水の奔流のようでもあり、ぶくぶくとそこかしこが脈動しながら進む一筋の真っ黒な塊は―――のた打ち回る数匹のヘビなのだった。
そのヘビは襲い掛かって聡雅を丸呑みにしようとする直前で、別のものに遮られる。
「まあ…いまとなっては俺も化けモンだけどな」
嘆息する聡雅の体が―――裂けていた。
彼の体の節々が裂け、形成された裂け目から歪な形をした腕が塊を受け止めていた。
否、腕とは言いがたい。
例えるならそれは、鉄筋コンクリートが割れた後に剥き出しになった鉄骨のような―――それ自体は一つのパーツだが、本来はもっと大きく、ただ今見えているのはそこだけなのだというような―――。