竹草少女
聡雅はぼんやりと腕時計を見た。
昼食がまだだ、と言って流生が出て行ってから、まだそれほど時間が経っていないように彼には感じられた。
「あと五分か…戻るかね」
流生から「放課後よろしく」と言われた事は気づいていたが、もともと朝と昼の二回が日課であるはずなので、彼が放課後まで植物の面倒を見る必要はない。
それでも彼はこの部屋に寄る気でいた。特にそうしたいと思っていたわけでもなかった―――むしろ切実な動機がないことが理由であった。
(そこまで断る程、予定があるわけでもないしな…)
アルバイトのある日は彼女に伝えてある。そうでない日は、言われようが言われなかろうが、結局自分はこの部屋に通っているのだ。
芽の様子を彼は見た。
(まだよくわかんねえな。元気なのか、それとも調子悪いのか)
「どうなんだ?お前…」
ぼそっと彼は呟く。
やがて自分のそんな行動を恥じるかのように、手にしていた本を棚に突っ込む。
(バレねえかな)
棚を戻しながら彼はそんな事を考える。
なんとなしに彼は出るとき辺りを見渡す癖があるが、ほとんどそれは杞憂と言って良い。
この学校の図書室は、図書館と表現したほうが良いくらい広いのだ。
入り口は上階にあるが、図書室自体は床を撃ち抜いて作られているので、実質五階建て分の容積を持つ。しかも資料室等、分館や分室が作られている程なので、蔵書量は相当なものなのだろう。
だから彼は今日も、いつものように辺りを見渡して、いつものようにひっそりとその場を後にするだけだ。
図書室を出て廊下の冷えた空気を感じた聡雅は、新校舎への渡り廊下を目指して階段を降り始める。
その足が止まった。
「あ、もういいんですか?」
「おう…」
見知った少年と聡雅はすれ違った。
目元まで前髪を垂らしているが、後頭部の髪は短めに整えられている。
よくいる平凡で目立たないタイプの男子生徒だ。
(えーと、図書委員…だったか?)
聡雅がその希薄な人間関係からどうにか探り出そうとする横で、少年は話しだす。
「じゃあ閉めさせてもらいますよ。と言っても、しょっちゅう壊れて開いちゃうんですけどね」
肩をすくめて少年は図書室のドアを示す。
「内鍵でもつけときゃいいんじゃねえのか。安物でもないよりマシだろ」