竹草少女
避けようという思考がそもそも間に合っていなかった。
彼女は最初に光に反射して振り向こうとしていた動作の最中であったから―――二重反射などできるはずもなく、容赦なく襲い掛かるガラスの欠片を前にして中途半端に顔を横に向けたまま…。
「あ」
間の抜けた、それこそ中途半端で台詞ともいえぬ音を漏らした。
だが、下手をすれば致命的な怪我につながりかねない不幸な事故―――前後のガラスが割れ、避けようがない彼女の無防備な肉体は、しかし一瞬後に痛々しい姿になることはなかった。
何が起きたかを彼女がそのとき説明することは出来ないだろう。目を閉じてしまっていたからだ。
ただ目を閉じたからこそ、そのとき自分を包んだ風とも重力とも言えぬような、何か不思議な力を感じ取ることができた。同時にその力が宙を舞うガラスの破片をさらに粉々に砕きながら、彼女を守るようにして弾いた事をも。
だからすべてが終わったとき―――それは時間にしてわずか一、二秒あるかないかであったが―――彼女はまたしてもぼーっと、ただひたすらに呆気に取られているしかなかった。
(あだぁっ)
落ちたソフトボールが彼女の頭に当たる。予想以上に跳ねたソフトボールは、割れた窓を通って裏校舎の方へ落ちていった。
そして一拍おいて、ガラスの破片が彼女を中心に円を描くようにして落ちる。張り板の床に跳ねて、粒や破片のひとつひとつが細かな乾いた音階を奏でる。
鈍い痛みがむしろ流生の思考をクリアにしたので、何が起きたかをおぼろげに理解する。
(ええっとソフトボールがファールボールかなんかで窓を割って飛び込んできて…)
その前に何かが反対側―――裏校舎側の窓を割って飛び込んできていて、流生の頭上でぶつかりあったのだ。
ひとまず自分の身体が安全であった事に安堵すべきなのだろうが、いまいち起きた事柄に対するリアリティが掴めない。
「すみませぇええん!」
だいぶ遅れて耳に届いたソフト部の誠意の欠けた謝罪の声もどこか遠い。
窓から顔を出すと、キャッチャーミットらしきものを片手に下げた少女が頭を下げていた。
曖昧に頷き、微笑み返してから、背後の有様を確認する。
ガラスが散らばっている。それは当たり前だ。
だが他の“もうひとつ”は―――?
「これは、なあに…?」