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夢と飛行機と嘘をいくつか

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《・・・の長助ちゃんが僕をぶったんだよ・・・なに?うちの寿限無寿限無五劫のすり切れ・・・》
 リョウジ君が周波数を変える。アンタどんだけ嫌いなんだよ、Masa、とつっこむ所だが、そんな空気でも気分でもない。アメリカ帰りのロック歌手の顔が、しばらく脳に残っていた。
 ラジオでは、聞いたことの無い名前の落語家が、長々しい名前が何度も登場する話をしていた。他にする事もなく、俺はそれに聞き入る。親に、幸せを祈ってもらって、縁起の良さそうな名前を一生懸命考えてもらうのって、実はとても贅沢な事なのかもしれないと思ったのは、多分暇だったからだろう。
 飛行機は、いつもと全く同じように飛んでいてくれた。天気も良いし、フライトの予定がずれたりしていないだろうから、当然といえば当然なのだけど。
 お気に入りの空き地で、リョウジ君は大胆に、草の上に腰を下ろした。俺は、少し迷ってリョウジ君のすぐ隣に座る。
 リョウジ君は黙って飛行機を眺めていた。俺も倣う。しばらく、ずっとそうしていた。
 先に口を開いたのは、リョウジ君だった。
「アミにさ、怒られたんだ」
「え?」
「赤ん坊じゃあるまいし、ちゃんと話し合わなきゃ駄目だって。・・・シン、ごめんな」
 理解出来なかった。謝罪の言葉は、腹立たしくもあった。
「何に謝ってんだよ」
「シンが、大人になってるって気付かなかった事、かな」
 リョウジ君の視線は空の一点に固定されている。俺は黙っていた。
「シンさ、来週誕生日だろ。十七になる訳だ。考えてみたら、俺の姉貴はその年でお前を産んだんだよな」
 もう、大人だよ、な。リョウジ君は口だけで笑っていた。
「姉貴がシンを生んだのも、姉貴が死んだのも、十七だった」
 うん、と小さく俺は言う。相槌を打つくらいしか出来そうにない。
「姉貴は、十六で大恋愛した。相手は、十八か十九くらいの・・・」
「山口真彦さん?」
 手紙の宛名を口にすると、リョウジ君は頷く。
「そう。何か、見た目は悪くないけど、気に入らねぇ感じで。・・・俺、割とシスコンだったからさ。面白くなかった。高校出て、バイトしながらバンドやってます、みたいなさぁ。軽い感じの。だけど姉貴はベタ惚れだった」
 俺は、うん、とまた言う。よく分かる。手紙には、渡辺陽子さんの、山口真彦さんへの思いが切々と綴られていた。何て言うか、ちょっと、重いくらいに。
「それで、姉貴は妊娠した。・・・あいつだけが悪いとは言えねぇ。姉貴も馬鹿だったんだ。分かってたくせに、家族にも言わないで。何を根拠にだか知らねぇけど、あいつと温かい家庭が築けると信じてたみたいで。・・・俺達に話した時には、四ヶ月くらいになってた。何で、気付かなかったんだろうって、ナベさんもジュンコさんも、嘆いてた」
 身体は妊娠できるまでに成長していても、彼女はやっぱりまだ高校生だった。リョウジ君は、その時の苦い気持ちを噛み締めるように、ゆっくり、文節で区切って言った。
「そして、あいつは、逃げた」
 そうだろうと思った。俺は無言で続きを促す。
「あいつだって、十九かそこらだ。姉貴に妊娠を打ち明けられた途端、夜逃げみたいにアパートを引き払って、行方知れずになった」
 リョウジくんはぼんやりと空を見ている。やや紅く染まりかけた空に、当時の渡辺家の面々と、その時の騒動が見えるかのように。
「恋人が消えちまった事を、姉貴は、知ってたけど認めなかった」
「何だって?」
 俺は首を捻る。知っていた、が、認めなかった?
「読んだんだろ?何で、宛先不明で返ってきた住所に、その後九通も手紙を出す?」
 中身ばかり気にしていて、そんな所まで考えていなかった。その手紙は、渡辺陽子の、山口真彦にすがると言って良いような文面で、あまりにも情念に溢れていたから。
 どれだけ貴方を愛しているか、とか。赤ちゃんと一緒に温かい家庭を作りましょう、とか。貴方なしではやっていけない、とか。ただ会いたい、とか。
 そういえば。読んでくれているのでしょう、連絡を下さい。というのも何度か見かけた。
「どういう、事だよ?」
 分からなかった。リョウジ君は大きく大きく息を吐いた。俺の知る中で一番、苦く、腹立たしく、悲しい顔が、空を向いていた。
「その時、俺は十五歳だった。言い訳はしねぇよ。けど、悪意は無かった。一通目の、姉貴が妊娠中に書いた手紙が返ってきた時、ポストの中のそれを見つけたのは俺だ」
 元々郵便をチェックするのはいつも俺だった、とリョウジ君は言った。
「俺は、何も分かっていなかった。宛先不明だったなんて知ったら姉貴は、悲しむと思った。・・・妊娠中にショックを与えちゃまずいって事くらい、知ってたからな。手紙は受け取って貰えたと思わせておきたかった。だから」
 分かった。俺は、リョウジ君より先に口に出す。
「隠したんだな?」
 リョウジ君の唇が、そうだよ、と言った。
「その後の手紙も、全部?」
「一度やり始めたら、もう後には引けない。言い出す勇気もなかった。ナベさんとジュンコさんと一緒に姉貴も、あいつのアパートに行ってあいつがもう消えている事を確認してたから、手紙なんて今更大した問題じゃないと思った。でも、姉貴にしてみたら、頭では分かってても、届いてる気がしたんだろうな。幻想だよ。それでも宛先不明で返って来てないんだから、手紙は届いてるんだ、みたいな夢」
 ホントに馬鹿だよ、とリョウジ君は顔を歪める。
「俺はもっと馬鹿だった。それくらいは思わせてやっても良いじゃないかって自分に言い訳した。・・・分かっただろうが、七通目からはシンが生まれてからの手紙だ。それも隠した」
 そうだった。いかに赤ちゃんが可愛らしいかが長々と綴られ、一度会ってやってよパパ、なんて誘い文句も、名前は貴方から一字貰って真太郎にしたの、という報告もあった。
 だが、確かあの手紙は、十通目だけ・・・。
「十通目が返ってきて、俺がそれを隠した三日後、姉貴はお前と心中しようとした」
 十通目は、それまでの哀願からは一転し、諦念が溢れ、感謝を告げる別れの手紙だった。
「それは、ジュンコさんが止めたんで未遂に終わったんだけどな。心中は止められたけど、姉貴は、その次の日に、俺達がちょっと目を離した隙に・・・」
 何と言って良いのか分からなかった。頭上を飛行機が悠々と飛んでいく。頭の片隅で、リョウジ君お得意の洒落が、少しばかり変化して流れた。PLAIN(あからさま)と言っても良いくらいにはっきり、地上の俺達に言葉を投げかけるようにさえ見えるPLANE(ひこうき)。もう少し、可哀想な叔父と甥に気を遣ってくれても良いのに、お前たちは地面にへばりついて何をしているんだ?とばかり、胸を張って飛んでいく。腹が立つほど、いつも通りに。
「妊娠して、あいつが消えて、出産して、それでもあいつは帰ってこなくて、もう、限界だったんだろうな。・・・手紙は、葬式とかが終わってから、一気に開封したんだ。涙が枯れた。恐ろしくなったよ。俺は、姉貴を殺したんだと悟った」