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夢と飛行機と嘘をいくつか

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 俺に鍵を渡し、アミさんは悪戯っぽく笑う。そうして笑うとアミさんは十代にも見える。
 何の鍵かは分かった。リョウジ君が、クローゼットのリョウジ君ゾーンに隠している小さな金庫の鍵だ。
「なんで、これを俺に?」
 訳の分からないままに呟くと、アミさんがくすっと笑った。
「それを、あたしに訊くの?」
「おかしいですよね」
 俺も笑う。愛想笑いでも苦笑いでも、笑顔が作れると安心できる。
「あたしはね、弱ってる亮司を結構信用してるの。普段は正直になれないタチだからね、亮司。ま、あたしは一年付き合ってるだけだけどさ。だから、ちゃんとしたことなんだと思うよ。まともじゃ出来なくても、それをシン君に渡すのには、多分意味があるんだ」
 俺は頷いた。アミさんの笑いの奥にある、真摯な目の光に気圧されていた。
「アミさんは、兄貴と結婚したりしないんですか?」
 少し長く間をおいて、俺が訊くと、アミさんが吹き出す。
「何だ、急に。してほしいの?」
「姉貴を持つなら、アミさんみたいな人がいいです」
「お、亮司より先にシン君にプロポーズされちゃった」
「いやいやいや、プロポーズしてませんから」
 食事を終えたアミさんが目をくりっとさせた。
「んー、あたしは亮司でもオーケーなんだけどね。どうも亮司は結婚願望ないみたいね」
「そうなんですか?」
 リョウジ君も同じようなことを言っていた、とは言わなかった。
「うん。亮司は、あたしよりシン君の方が気になるみたいよ」
 妬けるよーと言ったアミさんは、やはり豪快だった。
「でも、あたしはずうっとベタベタするのは流石に嫌だし、シン君も大好きだからね。シン君放り出してまでいちゃつきたくないから、利害の一致ってヤツだね」
 アミさんはとても優しかった。リョウジ君には勿体無い、とさりげなくひどい事を思う。
「そういや、アミさんは、仲直りしろって言わないんですね」
 次に俺の口から出たそんな質問にアミさんはさらっと答えた。
「亮司とシン君は仲良しなんだから、それが喧嘩したとしたら余程の問題がある時でしょ?他人が口出ししちゃ悪いよ」
 う、わ。俺が小さく感嘆する。
「何?」
「今、惚れそうになりました」
 アミさんがにやっと笑った。
「ようやくあたしの魅力に気付いたか、若造」
 亮司は、やっぱ引き取りに来なくていいや、どうせ頭痛くて唸ってるだろうから、うちで寝かせとく。亮司が言うには明日は夕方からの勤務らしいし、まぁ今夜か明日の朝には帰らせるから。うん、まだシン君にはあたしのアパート秘密にしとくよ。亮司が妬くと鬱陶しいしさ。
 続けざまにそう言って、アミさんは伝票を持って席を立ち、会計を済ませて、俺にひらひらと手を振って去っていった。
 俺は、僅かに残っていた御冷を飲み干した。氷が融けて最初ほど冷たくなくなっていた水は、最初ほど喉越しが良くなかったが、それを飲むことは俺にとって、ちょっと意味があったのかもしれない。

 さて、目下の問題は鍵である。
 家に帰った俺は、何よりもまず、クローゼットを開けた。
「へその緒とか母子手帳とか隠してたら、マジひくからな」
 自分しかいないのに空気が重いのは、きっとポケットの中の鍵のせいだ。そう決め付けて俺は独り言をいう。
 その金庫を、俺は覗かせて貰った事が無い。何が入っているのか訊いた事もない。ただ、銀行に行く前などにリョウジ君はそこを漁っていたので、多分通帳とか印鑑とかが入っているのだろうと、漠然と思っていた。
「案外、タチの悪い冗談だったりして」
 金庫をすぐに開ける気になれずに、俺は呟く。そうなら、どんなに良いだろう。開けた瞬間、骸骨か何かのハリボテが飛んでくれば良い。そうでなければ、元カノの写真とか。
 緊張しながら、鍵を開ける。
 金庫を開くと、予想通り、そこには貯金通帳と印鑑が入っていた。
「寝ぼけて、渡しただけだったのかよ」
 全身から力が抜けた。リョウジ君が珍しく意味ありげな事をするから引っかかっちまった、と思った。
 その次の瞬間、俺はそれに気付いた。
「何だ、これ?」
 それは数冊の通帳の下に、束になって、あった。通帳と似たサイズと色合いだったからぱっと見ただけでは気付かなかったのだ。
 封筒に入った手紙だった。数えてみると丁度、十通。
ラブレターを隠してるのかと一瞬呆れたが、宛名が違った。リョウジ君は渡辺亮司だが、手紙の宛先は山口(やまぐち)真彦(まさひこ)。知り合いには無い名前だ。俺は裏返してみる。差出人は・・・。
 渡辺、陽子。俺の生物学的母親だと、あの日から六年以上信じていた人の名だった。
 何故、リョウジ君宛てでない手紙がリョウジ君の手元にあるのかは、すぐに分かった。差し出した住所に、目的の人がいなかったため、送り返されてきたのだ。渡辺家に。

 例え開封されているものだとしても、人の手紙を開けると言うのは、なかなか居心地の悪い、罪悪感を伴うことだ。決心がつかず、俺はその束を長い間眺めていた。
 俺は、渡辺家長女の字を、初めて見たのだと思う。リョウジ君は角張った字を書くけれど、その姉は丸字だった。俺はというとリョウジ君に似た字で、妙なところで似ているものだ。
 消印の日付が一番古い手紙を開けた。同じ癖の字が広がっている。
 便箋には、手紙にしては妙な折り目がついていた。折って再現しなくても分かる。紙飛行機だ。女性の丸字が書かれた紙での折り紙が紙飛行機だとは見事なミスマッチだ。というか、手紙で飛行機作るか、普通?これを折ったのはリョウジ君だろうか?
 俺は、自分でも意外なほど静かな気持ちで便箋に目を落とし、そして、二通目、三通目・・・。

 リョウジ君が帰ってきたとき、まだ三時過ぎなのにカーテンのせいで薄暗い部屋には、クローゼットも金庫も開けっ放しにして、ぼうっとしている俺がいたんだと思う。
「あー、やっぱり、受け取ったんだな、それ」
 リョウジ君の、最初の一声がそれだった。何かを諦めたような声だった。
 俺は、ゆっくりリョウジ君の方を向く。アミさんが言ってたより早かったな、と思う。
「見た、んだな」
 リョウジ君は、真剣な顔で言った。
 俺は頷く。
「弁解を、したい」
「何について?」
 俺の声はかすれていた。
「全部」
 リョウジ君の顔が、臨戦体勢、または戦闘開始の表情になっていく。
「俺がついた嘘、つききれなかった嘘、全部について」
 またもう一度頷く。
「よし、なら、飛行機見に行こう」
 リョウジ君が、真顔のまま言ったので、俺は不覚にもちょっと笑った。
「リョウジ君って、飛行機見ながらじゃねぇと真面目に喋れねぇの?」
 リョウジ君が厳かに答えた。
「この告白は、飛行機の下でやるって決めてんだ」
 それで、俺達はリョウジ君の車に乗って、いつもの空港近くの空き地へ向かった。
 車の中では、二人とも静かだった。ラジオが時々ノイズを挟みながら一人で喋っている。
《・・・さぁ次のリクエストです。ラジオネーム白雪姫さん。辛いとき、嫌な事があった時、もうやめたいなって思った時に、もう一度頑張ってみてよ、まだチャレンジ出来るよって、励ましてもらえる曲です。・・・分かりますよー。ではお聞きください、Masaで・・・》
 ぶちっ。