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夢と飛行機と嘘をいくつか

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 俺は、全部の便箋についた紙飛行機の折り目を思い出していた。何度も何度も折った痕跡があった。リョウジ君は、亡き姉が書いた、恋人であり赤ん坊の父親である男への手紙を、どんな思いで開封して、読んだんだろう。それを、そのまま戻せず、捨てる事も燃やす事も出来ずに、紙飛行機にでもして投げるしかない気持ちが、俺には何となく分かった。リョウジ君の作った飛行機だから、それはきっとよく飛んで、しかし一番届いて欲しい相手の所まで飛ぶには、推進力が致命的に不足していた。
 薄暗い部屋で、壁にもたれたリョウジ君が、姉の字が綴られた紙飛行機を飛ばすシーンを想像する。陽子さんの愛慕を包み込みリョウジ君の悔恨を乗せた紙飛行機は、初めは真っ直ぐ真っ直ぐ飛ぶのに、いずれ必ず部屋の隅に落ちるのだ。十五歳のリョウジ君の目が、それを追っている。責めて、責めて・・・。リョウジ君はそんな夜を幾つ過ごしたんだ?と俺は、部屋に置いてきた手紙の折り目に尋ねる。
 長い長い、永遠とも思えるような時間が過ぎた。紅い空に、黒っぽい飛行機のシルエットが流れていく。間を空けて、唸りながら、何機も。
 そして、リョウジ君は、ゆっくりもう一度言った。その遅さは、残酷なほどだった。
「俺のせいで、お前の母親は、死んだ」
 リョウジ君のせいじゃないよ、とは言えなかった。故人の息子の俺にも、この世の誰にも、リョウジ君を赦して解放する事は出来ないと何となく感じていた。そもそも、リョウジ君はそれを望んでいない、とも。それが、歯痒くもあった。
 俺は恐る恐る口を開く。
「なんで、母親は病死だって言ったんだ?それに・・・父親の事も」
 リョウジ君は、初めて俺の方を向いた。何とも言えない顔をして。
「騙しておきたかったんだ」
「え?」
「第一に、俺がシンの母親を殺した事を隠したかった。手紙の話は、ナベさんとジュンコさんも知らねぇ事だ。思い出したくもなかった。第二に・・・」
 リョウジ君が、苦く苦く苦く笑った。
「シンは、俺の大事な甥っ子であり弟分だ」
 それは鍋の日に聞いた。頷いて続きを促す。
「言いたくなかったんだよ。お前の親が、好きで勝手にセックスしたくせに、勝手にお前を生まれさせたくせに、お前から逃げた、なんて」
 俺は嘆息した。そうか、そういう事になるのか。リョウジ君は・・・。
「俺が、両親に望まれて、祝福されて生まれて来たって思わせたかったんだ?」
 そうだ、とリョウジ君の目が言っている。
「シンに、俺が父親だろって言われた時なぁ。ホントにそうだったらどんなに良いかって思った。だから、咄嗟に、違うって言えなかった。俺が父親だったら、どれほどお前の母親を愛してたかとか、どれほどお前が生まれてくるのが楽しみだったかとか、一週間ぶっ通しで語ってやるのにって思ってさ。若いから何だ、姉と弟が何だってんだよ。そんなの、シンには・・・生まれて来たガキの人生には、関係ない事だろう?」
 口元はうっすら笑ったまま、リョウジ君は鋭い目で、俺を通して他の何かを見ていた。
「遅かれ早かれ一度くらいは、自分が何で生まれて来たのか、何で今こんなに苦しんでるのか、考える時が来るんだよ。俺には、その時のシンに、問答無用でぶつける答えがねぇ」
 父さんと母さんはお前に生まれてきてほしくて仕方が無くて、それで生まれて来たのがお前なんだ、だからお前は生きているんだよ、と。世界で一番幸せな答えを、リョウジ君は、嘘でしか出せない。
 考えがそんな所に至るという事は、リョウジ君自身もそんな悩みを抱えた頃があったんだろう。他の人なら、トンネルを抜け出した次の瞬間にも忘れてしまえるような、そんな問いを、ただ俺がいるが故に忘れる事が出来ないまま、リョウジ君は大人になった。二人分悩んで、ここまで来たのだ。
 しかし、それは流石に、渡辺亮司という叔父への過小評価じゃないだろうか?俺は問う。
「リョウジ君は、単に罪悪感で、俺を可愛がってくれてた訳?」
 瞬時にリョウジ君の顔から苦笑が消えた。代わりに、侮辱への怒り。はっきりと。
「安く見るな、シン」
 それで十分だった。俺の顔に、自然と笑みがこぼれるのが自分で分かる。
「良かった」
 一瞬ぽかんとしたリョウジ君も、やがて咎めるような顔をして、しかし笑った。
「試したな?」
「リョウジ君、嘘はつけるのに、こういうの駄目なんだな」
 俺がからかうと、うるさい、とリョウジ君は俺の頭を殴った。
「出来るだけ、嘘ついて隠し通したかったんだ。けど、もうお前だってサンタ信じるガキの年齢じゃねぇ
んだなって思ったら、いつの間にかアミに、鍵渡すように頼んじまってたんだよなぁ。自分で渡すとか自分で開けて見せるとかっていう勇気はねぇって所が笑えるけどな。・・・それでもな、シン。俺、お前が可愛くて可愛くてしょうがねぇから。あ、俺だけじゃねぇぞ。ナベさんも、ジュンコさんも。目の中に入れても痛くないって感じ?」
「気色悪ぃ」
「んだと、こら」
 リョウジ君が口元だけ引き締めて俺にヘッドロックをかけてくる。俺も、無理矢理嫌そうな顔を作って、その腕から逃れる。
 俺は、それで良いと思った。今後、もしかしたら、俺を生んだ人に責任を求めたくなる時が来るかもしれない。闇雲に当り散らしたくなる日が来ないとも限らない。だけど、俺がいた方が良いと思ってる人なら、結構沢山いるじゃないか。今は、それで良いと思う。
 だから、俺の次の質問は蛇足だったのだが、検算を兼ねた賭けのつもりで訊いてみる。
「車ん中で思ったんだけどさ、あのMasaってもしかすると俺に遺伝子半分提供した人?」
 リョウジ君の笑みが、また、ちょっと苦くなった。
「そう、だ」
 やっぱり。年齢も大体そのくらいだし。真彦さんだし。リョウジ君は何か凄くMasa嫌いだし。最初のと同じくらい突飛かもしれない発想だけど、今度の天啓は当たっていた。
「アミが、病院で見かけたって言ってたろ?その日、俺もあいつを見かけたんだ」
 うん、それで?と俺は、驚きと好奇心をもって続きを尋ねる。
「俺の名前も姉貴の名前も覚えてねぇくらいだったら、まだ良かったのに。あいつ、案外小心者だった。十七年前に自分が何をしたか、覚えてた。一度、話がしたいって向こうから言ってきて。あの日は昼頃の何時間かだけ、何か適当に誤魔化して頼み込んで、仕事抜けさせてもらったんだ。・・・俺、基本的には医師になってからは禁煙してるんだけどさ。緊張とかすると、つい、な」
 それが、あの、ファミレスで喫煙していた日か。
「俺は無茶苦茶緊張して行ったのに、意味ねぇ会談だったぞ。悪人になりたくねぇくせに逃げてぇのが見え見えだった。何を今更、引き取らなくて良いよ、苦労してねぇから大丈夫、会わなくても良い、むしろ会うな、って言ってやると万歳三唱で帰ってったぞ」
 でも今思うと、シンにも相談しなきゃ駄目だったよなぁ、会いたかったか?というリョウジ君の質問には笑って首を振れた。何の屈託もなかったと思う。まぁ、アーティストのMasaなら会ってみたい気もするけど、今更山口真彦さんに会っても仕方ない。あの人も何年か前に結婚していて子供も二人くらいいると、ちょっと前に立ち読みした音楽情報誌に書いてあった気もするし。