小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夢と飛行機と嘘をいくつか

INDEX|7ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

 昨夜あれだけの事をぶちかましておきながら、相変わらずリョウジ君の部屋に帰る自分が可笑しい。渡辺家へ行こうかとも思ったが、本を運ぶのが面倒だったし、どちらにしても同じだと思い直した。どちらの居心地も、少し良くて少し悪い。
 別に、リョウジ君が父親でも構わないといえば構わないんだよな、と、昼寝のために布団に潜り込みながら俺は思う。計算すれば、俺はリョウジ君が十五歳くらいの時に出来た子供の筈で、その年齢は、子供を作る事は出来ても面倒を見ることはほとんど無理だろう。しかも、やっぱり相手もそのくらいの若さなんだろうし、どうしようもない。折角、と言っては何だが、病気か何かで亡くなった姉がいるんだ、その子供って事にしたいだろう、絶対。褒められたことではないが。まぁ何か鑑定とかすればバレるんだろうけどさ。
 俺は目を閉じた。これからも、俺は多分リョウジ君に懐いたままだろう。なのに、昨夜はどうしてキレたんだろう?あんな風に言葉をぶつける筈じゃなかった。例えば俺の十歳の誕生日にリョウジ君がやったみたいに、笑って、どうでも良いけどさ、って感じで・・・。
 眠ったのかどうか分からないままに時間は流れ、気が付いたら、窓の外は真っ暗だった。秋の日はつるべ落とし、むべなるかな・・・と思って時計を見ると七時。暗いはずだ。
 夕食作り。食事。食器洗い。そして、試験勉強。
 アミさんからメールが来たのは、ほとんど真夜中に近い時間だった。
『明日、午後空けといて』
 アミさんのメールは、リョウジ君の彼女らしく、シンプルだ。簡素すぎるくらい。
 明日の午後は、部活の予定が入っていたが、部長の気まぐれにより中止になったという連絡を、朝に受けていた。だから、どうせ明日の午後は暇なのだが・・・。
『何かあるんですか?』
『内緒。とにかく、空けといてね』
 俺は絶句する。ここまで相手の事情を慮らない頼みは初めてかもしれない。もしかしたらデートが入ってるかもしれないのに、大胆だよな、と誰もいないのに軽口が浮かぶ。
 試験最終日に向けた取り組みは、あまり捗らなかった。その理由は考えたくもない。
 ある程度の所で勉強を諦めてシャワーを浴びた時、リョウジ君とアミさんが結婚したら、アミさんは俺のお袋になる訳だな、と思ったりした。

 子供?そんなもん育てられるわけねぇだろ。
 俺だってまだやりたい事沢山あるっつーの。
 何で生まれて来たんだよ、こいつ。俺の人生の邪魔をするんじゃねぇよ。

 本音に満ちた悪夢に、目覚めた俺は苦笑した。リョウジ君に憎まれる夢は初めてだった。
 現実はもっと痛々しい事も分かっていた。リョウジ君はそこまで俺を憎むことが出来ず、そこまで自己中心的になれず、俺の面倒を見ている。それはどこか偽善っぽい感じがした。そして、そうか、一昨日の俺はその偽善っぽさを我慢出来なかったんだな、と納得する。
 昨夜の取り組みの甘さと今朝の夢見の悪さからすると意外や意外、四日目の試験については、まぁまぁ手応えを感じられた。古文で主語が一部曖昧になったが、漢文はきちんと読めているはずだし、英語リスニングもうまく聞き取れた。
 ぱーっとやろうという友人の誘いは丁寧にお断りする。普段なら大喜びで乗るのだが、生憎、素晴らしいお姉さまの先約がある。さて、と学校を後にしながら俺は思った。
 アミさんは、一体何を企んでいるんだろう?
 それは、思ったより早くやってきた。アミさんは、帰り道に待ち伏せしていたのだ。
「シーン君!」
 突然アミさんが俺の背中を押す。俺はわ、とも、あ、ともつかない音を小さく口にした。
「なぁんだ、つまんない。何故にもっと驚いてくれないのかな」
 アミさんは、学生服の俺の腕を握った。
「驚いてますよ。というか腕掴むの止めてください。誰か見てたらどうするんですか」
 からかわれる、という抗議を聞くと、アミさんはますます嬉しそうになってくる。
「その時は責任とってあ・げ・る!」
「勘弁して下さい。俺は兄貴に殺されたくないです」

 兄貴、という単語にアミさんがぴくりと反応した。
「シン君、ファミレス入ろ。お姉さんがお昼奢ったげる」
 そう言うアミさんに、一昨日俺が煙草を吸うリョウジ君を見た、あのファミレスへ引っ張り込まれる。俺とアミさんが座ったのは禁煙席だが。
 俺が注文したのは本日のハンバーグランチ、アミさんはチキンの香草焼きセット。
 冷たいだけで味の良くない御冷をぐいっと飲み、アミさんは向かい側の俺に笑いかけた。
「やったぁ、シン君と初デート」
「・・・兄貴に言いつけますよ」
 俺は軽口のつもりだったのに、兄貴、と聞いてアミさんは、少し複雑な笑い方をした。
「亮司と喧嘩したんだって?」
「何で知ってるんですか?」
「本人に聞いたからに決まってんじゃん」
 料理が運ばれてくる。アミさんは、いただきます、と手を合わせて肉を切り分け始めた。
「兄貴が、言ったんですか?」
「うん、昨夜ね」
 俺は、口の中のハンバーグを、必要以上に強く噛み潰した。まただ。また、リョウジ君は俺に嘘をついた。
「昨夜は、当直だって聞いてたんですけど」
「嘘ついたんだね」
 アミさんはからっとした調子で事実を言ったので、俺もわざとらしく愚痴る。
「兄貴は、いつも俺に嘘つくんです」
 下らない事から、とても大切なことまで。
「そうなんだ?もしかして、それで喧嘩したわけ?」
「聞いてないんですか?」
 少し意外だった。リョウジ君は家庭の事情を言いふらして喜ぶような奴ではないが・・・。
「ぜーんぜん」
 アミさんはセットメニューのスープをすすりながら笑う。
 アミさんによると、リョウジ君は昨夜九時半頃にアミさんの家に来て、すぐ呑み始めたという。そのペースが尋常ではなく、彼氏が酔いつぶれたのを見て翌日も起き上がれないと確信したアミさんは、翌日の午後に俺に迎えに来させる為、メールしたらしい。
「何か変だと思った時にはもう、べろべろに酔ってて、話が出来る感じじゃなかったよ。凄い勢いでうちのビール空けてさ。いくら次の日オフだからって、あんな呑み方する亮司は初めてだったから、どうしたの?って訊いたんだけどね」
 そうか、リョウジ君は今日休みなのか、と俺はぼんやり思った。もう、美味くも不味くもないファミレスの料理なんか、どうでも良くなってきた。
「兄貴は何て答えたんですか?」
「シンが怒ってるから、今日はアミん家で酔いつぶれるんだ」
 酔った時のリョウジ君の、間延びした口調を真似て、アミさんが言う。
「だから、喧嘩した、と?」
「そう。コドモだよねー、シン君の兄貴」

 そのアミさんの言葉に違和感を覚えた。違う、あの夜、リョウジ君は、あんなにもオトナだったのに。
 そう思いながら、俺は何気なく会話を続けようとする。
「俺に引き取らせるためにメールしたんですよね」
「そうだったんだけどさ」
 アミさんが俺を眺めるモードに入った。
「今朝、用事が変わった」
「はい?」
「これ、シン君に渡せって言われて」
 いつの間に取り出していたのか、アミさんの手には小さな銀色の鍵があった。
「二日酔いでうんうん言ってたけど、一応正気だったと思うんだけどね」